NINJA H2
他のどんなバイクとも似ていない角張ったデザインの車体は写真の印象より結構大きく、
特にアッパーカウルはかなりのボリュームがある。空力的にはカワサキの航空機部門が協力したという触れ込みだが
単純に空気抵抗を軽減しつつ空力が運動性に与える影響を最低限に留める、つまり本気で空力特性を追及するなら
MOTOGPマシンのような形にしてしまえばいい理屈で、あくまで市販車としての格好良さやインパクトの強さを意図したものだ。
異論はあるかもしれないが、ウイングのような形状で整流効果を狙ったミラーの取り付けステーの形状にしろ、
実際のところ直線ならともかくバンク中にはダウンフォースの働くベクトルがタイヤの接地点と一致しないため
本気で空力を考えるなら極めて難しいのである。
ただし、そういった小難しいことは別にして一台のバイクとして見てみると、他のどんなバイクにも似ていないし
なおかつ(塗色を無視しても)カワサキのバイクにきちんと見えるこのデザインはなかなか魅力的。
個人的には少々仰々し過ぎると思うが、これだけ個性的な外観は今時なかなか無い。
また細部を見てみるとスーパーチャージャーユニットは勿論手間のかかったトラスフレームに新設計のエンジン、
カワサキ初の片持ちスイングアームに当然専用となるホイール、前後フルアジャスタブルのKYBのサス、ブレンボで固められた
ブレーキとクラッチのパーツ、オーリンズの電子制御式ステアリングダンパーなど専用かつ高価な部品のオンパレードで、
いかにもコストがかかっていそうなものだ。事実車両価格も相応に高価だが、実際の製造コストがほぼ同価格帯のBMWの
R1200GSやRTよりずっと高価なことはまず間違いないだろう。というより、HP2スポーツと比べても原価は上なのではなかろうか?
ただし、外観は基本的に好意的なのだがあの塗装だけはいただけない。本物の銀を使用していると言う特殊塗装は
ほぼメッキに匹敵する美しい鏡面を塗装だけで実現してはいるのだが、耐久性が極めて低く指紋が着いたら落とせないとか
革ツナギでは乗るなとか補修塗装ができないとか(実際には塗膜の硬度自体は普通の塗装と変わりなく、キズが目立ち易いだけらしいが)
デザイナーの意図は理解できるものの、現状では実用性を無視したショーカーレベルのもので公道用市販車としては
全く落第の塗装だと言うしかない。長所短所を理解した上で好みで選ぶのなら問題はないが、
この塗装しか選べないのではいかなマニア向けの特殊なバイクとはいえ、デザイナーの独り善がりと取られても仕方あるまい。
勿論デザイナーとしても相当こだわりがあったのだろうがだったら最初から技術が確立しているメッキにすればいいわけで、
この塗装だけは実に残念に思う。

またがると、リッタークラスのスーパースポーツに近いポジションなのだが例えばGSX−RやYZF−R1等と比べると
少しだけハンドルが高くて広く、ステップも少し前にある。ハンドル位置はともかくステップはもっと後ろでもいいのではないかと
違和感を覚えたが、それ以上に気になるのがまるでビッグスクーターのような広くて長いアッパーカウルが鼻先まで視界に入ることで、
別に運転に支障が出るわけではないが普通のリッターSSから乗り換えると違和感はかなりある。
あえて採用したというトラスフレームは確かにツインスパーより車体幅を狭くしているが、それ以上にカウル幅が広く
左側には大きな吸気ダクトが鎮座しているので、フレームだけならリッターSSとそう変わらない大きさなのに
またがった時に感じる車体の大きさはその比ではなく、実際に車重が238kgと結構重いこともあり大きなバイクに乗っている感は
走り出しても速度を問わずつきまとう。
「要するに、効率だけを追求して設計されていないな」と思いながらキーを回すと(余談だが鍵の抜き忘れ警告灯は便利だ)
液晶のメーターパネルトタコメーター・警告灯が一斉に作動する演出の後、わざわざスイングアームを片持ちにしてまで
容量を稼いだという大型のサイレンサーからは乾いた元気のいい4気筒の音が吐き出された。
この状態では特段スーパーチャージャーを意識することはないが、日本の騒音規制が通る多分ぎりぎりの音量で
初期型のS1000RRと同じくらいのうるささと考えるとわかりやすい。
オーナーの好みでクラッチレリーズを軽いタイプに交換してあったのでK1200Sより一回り重い程度のクラッチ
(標準状態では異常に重いそうだ)を握って発進すると、極低速では普通のリッターSSとそう変わらないトルク感がある。
しかしそこからポンポンとシフトアップしていくと(クイックシフターはシフトアップ側のみ対応で、タッチはまずまず)
回転が上がるにつれてトルクがやたらと湧いてくる感じで、回転上昇は1000ccの水準なのにもっと大排気量のバイクに
乗っているような感覚がある。
ただし中速域までのレスポンスには改良の余地があり、K1200S/Rや初期のF800Sのように駆動系のバックラッシュが大きく
エンジンのレスポンスが無駄に敏感なため、スロットルのオンオフで駆動系が前後にガチャガチャと音とショックを発して不快だ。
高速道路でも気になったくらいだから街中では言うに及ばずで、高級感を削ぐことおびただしい。
クラッチの重さとエンジンが回っているとやたらとニュートラルが出にくいこともあり、
街中は遠慮したい類のバイクなことは間違いない。なおハンドルの切れ角はクラスを考えると標準的で、
絶対的に小回りが利く方ではないが日常の使用にもそう問題は出ないだろう。200馬力を発生するエンジンの放熱量は
物凄いはずだが、熱対策は非常に丁寧に作り込んであると見えて9月下旬の試乗ではサイレンサーに近い右足の踵を除けど
特段どこかが熱くなることはなかった。なおステーがスポイラーを兼ねるミラーは位置が左右に離れており、
視認性はこの手のバイクとしては充分良好である。

さて、加速だ。はっきり言ってしまえばこのバイクの魅力の大半は世界最高の加速力にある。
ZX−14Rでフル加速の経験は無いが、メディアのテストデータ等を見る限りH2は速過ぎて早期にトラクションコントロールや
ウイリーコントロールが効いてパワーを制限されてしまってデータ上の加速力がZX−14Rに遅れを取る(場合もある)様子。
電制が介入するまでの加速は二輪の量産車ではほぼ無敵と表現して差し支えない。
判りやすく例えると、6速全開の加速力は並のリッター〜リッターオーバーバイクの4速全開と同等かそれよりやや速いくらい。
K1200RやK1300Sの5速全開よりもH2の6速全開の方がおそらく加速力は上だろう。
4速でもあっという間に180キロを超えてトラクションコントロールが作動してしまい、鳥がさえずるような妙なピロピロいう音
(スーパーチャージャーの作動音らしいのだが、それにしては変だ)を聞きながら失速することになる。
3速全開はもうこの世のものとも思えないほどの世界で、ウイリーしないように前輪に体重をかけていても
K1200Rが児戯に思えるほどのパワーで有り得ないほどの勢いで上昇するスピードメーターの数字と同時に
フロントが浮き上がってきて、私の場合140キロほどでウイリーコントロールが作動したのでそこまでにした。
どう考えても公道用バイクにこれだけのパワーは必要ないのだが、凄すぎて思わず笑ってしまうほどの加速力は
確かに比類がないこのバイクだけの強烈な魅力だ。なお、6速だと顕著だがかなりハイスロ設定なスロットルを開けてから
実際にトルクがついてくるまでにはごく僅かなタイムラグがあり、おそらくは過給圧が上昇するまでの僅かなラグだと思われる。
ワインディングではどうかとも心配したのだが、後述するがそれが問題になるほどにはスロットルを開けられない為
実際には気にならなかった。
なお防風性は外観相応にそこそこあり、高速巡航は快適とは言い難いがポジションにさえ耐えられればまあ良好。
ミラーで見ると一つ目のプロジェクター式ヘッドライトはやたらと明るいため前を行く車に進路を譲ってもらうのは容易だろうが
高速道路でこの派手で目立つバイクをそれらしく走らせれば官憲の目を惹くことは必至なので、
オーナーには自分の免許を大切にするための自制心が問われるところだ。ちなみに200キロを超える速度でも車体の安定は
保たれており、直進性が乱されることも不安感を感じることもない。スーパースポーツとしては幾分厚みのあるシート
(レザーはもう少し滑らない方がいいと思う)と作動性の良いサスペンション(特にストロークの長いリヤが効いている)、
それに剛性不足を感じない程度に上手に撓んでいるフレームがいい仕事をしており
スポーツバイクとしての範疇での乗り心地は意外にも良好である。

ワインディングでは、このバイクには良くも悪くも他にはない走りのキャラクター性がある。
まず、量産車としては相当にお金のかかった前後サスペンションは絶対的には硬いのだが作動性が際立ってよく、
(社外品への換装をほぼ必要ないと言える水準にある)、接地感はやや不足とも取れるが全体にはかなりの高水準。
効き具合を電子制御しているステアリングダンパーがどこまで効いているかは不明だが、適度にクイックながらも鋭すぎず、
直進性の高さと路面の外乱への抵抗力の高さを両立しているアライメントの設定(と、おそらくは力を上手に逃がしているフレーム)は
見事というか模範的で、深いバンク中の安定感も悪くない。
ブレーキだけはもう少し温度依存性が高くてもいいから絶対的な制動力を上げてほしいと思うが
(レインモードがあるとはいえ、雨の日にこんなバイクで飛ばす命知らずの都合は無視してよかろう)、トラクションが良く
中速までのスロットルのオンオフに伴うガチャガチャいうショックを除けば40キロで曲がる上りの低速カーブで6速が使えるほど(!)
有り余るトルクを繊細なスロットル操作で取り出していくのは容易だ。幅200の極太リヤタイヤは常識的な速度域なら
しっかりとグリップを保ってトルクを駆動力に転換してくれる。
またハンドリング特性は大人しく走っている限りは基本的に極めて素直かつ普通で、癖がない。
優秀なサス屋がセットアップしたような模範的なセッティングのサスペンションの作動性もあって、
トルクの厚さを感じる以外は電制で荒い部分を目一杯抑えこんで調教しまくった上での、普通の走りができる。
と、個別の能力を分析するといい事尽くめのようだが一台のバイクにまとまると必ずしもそうではなく、
スーパースポーツというよりスポーツツアラーに近い車重のためかリーンが比較的ゆっくりしており、どう頑張っても
GSX−RやYZFのような速度の鋭いリーンは望めず、アライメント設定はそれらに近いため振り回すと車体の重さが
質量に比例する慣性の法則に伴って如実に顔を出す。極太タイヤと書いたが現代のリッターSSのタイヤサイズは
だいたいどれも似たようなものつまりグリップ力もほぼ同等だから、横方向にグリップを食われる部分が相対的に大きくなり
結果として前後方向にかけられるグリップ力限界が小さくなってあまりアクセルを開けられず、パワーは有り余っているため
使い切れないパワーをもて余す感が結果的に強くなってしまう。スーパースポーツらしく前輪荷重優先で回ろうとすると
ますますその感が強まってしまったので途中からは重いフロント回りとフロントのグリップをあてにして
後輪荷重優先でリヤのグリップとトラクションを高める走り方にすると改善したものの、重さと有り余るパワーのネガを
できるだけ消す走りをしようとすると浅いバンク角でリズミカルに走るか、スローインファストアウトの大原則を徹底して
予め充分な減速をして一気に向きを変え、大パワーで猛然と加速すると言う極端な直線番長の走りになる。
また、どちらにしても重い車重、有り過ぎるパワーといったストレスを全部タイヤに押し付けていることがありありと伝わってくるため
(パワーでタイヤをいじめる設計は個人的にはあまり好きではないが、結局は車のためでもある)タイヤが限界を超えると
”一気に破綻してしまうのではないか”という不安感は常にあり、結局のところワインディングではスーパースポーツより
明らかに遅く、ビタミン剤を飲みすぎたかパワーだけを気にした変身のスーパーサイヤ人のような、パワーがあり過ぎて
スピードがついていっていないバランスの悪さがつきまとい、個人的には爽快感のあまりない走りになっていた。
それを個性と取るかバランスが悪いと捉えるかは感覚の問題だろうが、本気でコーナリングを追及する人に向けた
バイクでないことは確かである。また大人しく走っている限り普通のハンドリングと書いたが、何となくコンピューター解析が進んで
良いハンドリングを作り出すための重心位置やトレール/キャスター、スプリングにダンピングのセッティングなどが
ある程度の正解が出てしまった上で作ったような、例えば旨い焼酎を造るための醸造技術論が確立して各社とも取り入れた結果
どの酒も旨さはレベルアップしたが個性が薄れてどこも同じような味になってきたような、
そんな印象のハンドリングだったことは付記しておく。

さて、まとめ。いい意味でのバイク馬鹿が作った、カワサキマニアとパワージャンキーに向けたファンバイクだ。
ZX−10Rのようにサーキットでの速さを追求しているわけではなく、ZX−14Rのようなメガスポーツ路線でもない。
パワーと脅威の加速力は凄まじいの一言だがコーナリングは悪くはないが特筆すべき速さはなく、
シングルシートで積載性は皆無で、特殊な塗装のためおそらくは吸盤式のタンクバッグも付けられまい。
インジェクションや駆動系のセッティングに粗さを感じることときついポジションに重いクラッチなどから
控え目に言っても街乗りは苦手だし、一泊ツーリングには予め荷物を送っておくか伴走車が必要だ。
コーナリングは開けられないストレスが溜まるし、そもそもこのバイクのパフォーマンスをフルに発揮させることは
サーキット以外ではほぼ不可能だ。しかし、これが出られるレースのカテゴリーは事実上無いに等しく
一番まともな楽しみ方はクローズドコースの走行会でスリックタイヤを履いて遊ぶことになるのだろう。
従って、ベースとなったH2Rの方がより当初のコンセプトに近い、設計者が意図した本来の姿と断定して差し支えないと思う。
ではその公道版たるこのバイクが何を狙ったのかと考えると、要するに「作りたいから作った」のであり、
NRやHP2スポーツのように、カワサキのイメージリーダーでありフラッグシップとしての存在だ。
性格的に言っても速く走るためのバイクではなく走り(加速)を楽しむためのバイクで、
四輪で言うならランボルギーニのようなエクストリームでスーパーで他に比べる対象が無い、
良くも悪くもカワサキらしさが全開のバイクだ。そういった意味ではビモータや私が所有しているアプリリアSXVと性格が似ているが、
大メーカーであるカワサキがきちんと作っているから、詰めの粗い部分は色々あるものの機械として基本的な破綻はないし、
法定速度で走っている限りは誰でも扱える懐の広さもある。何よりこれだけのものを頑張れば何とか手が届く価格に抑えたのは
バーゲンとしか言いようがなく、流石は日本のメーカーの製品と唸らされた。
個人的にはパワーに慣れると飽きてしまいそうで欲しいとまでは思わないが、スタイルと強烈なパワーに惚れこんで
様々な欠点を許容できる度量とお金と経験値のある人なら一度味わってみるのもいいと思う。
そうすれば、現在のところ他のどんなバイクでも見られない世界が待っている。

VFR1200F DCT
国産車としてはかなり大柄な車体は、フロントにかなりのボリュームがある割に後ろがあっさりしていて、
重厚感と軽快感が同居した良くも悪くも今風な印象だ。リヤに視覚的な軽快感があると言えば聞こえはいいが、
その薄いシートカウルのお陰でスポーツツアラーのくせに車体に収納スペースがほとんどないと聞くと喜んでばかりもいられまい。
最近のホンダ顔の嚆矢になったドラゴンボールのフリーザ様のような形状のヘッドライトは個人的には余り好きではないのだが
独特の多重構造のカウルとも違和感なくデザインとして溶け込んでいるし結構なインパクトもある。
たぶん、これがこれからのホンダを特徴付ける顔になっていくのだろう。いつまで続くかはわからないが。

カウリングの作りは抜群に良く、パーツのチリも見事に合っていてこの辺りはさすが最新の日本車だと素直に感心させられる。
また、固定方法を色々と工夫したのだろうがカウルを固定するビスの場所が一見してほとんどわからないのも
高級感の演出に一役買っている。もっとも、こういう凝ったことをするとカウルの分解は大変なのが通例なので痛し痒しだろうが。

またがってみると予想以上にステップが高く、後退してはいないから膝の曲がりはきつくないものの
膝の位置がやや不自然に高いのを感じる。
スポーティさを出すにはこの位の高さが必要と考えたのか、容量確保に苦労した様子が伺えるサイレンサーとの兼ね合いで
高くなったのかは不明だが、外観の印象を少々裏切るものではあると思う。
ハンドルは低めだが近いので前傾はそれほどでもなく、K1200RSの後期型と同じくらいだ。
後方に大きく角度がついたガソリンタンクのカバーは実際にまたがってみると腹部との干渉を避けた設計になっており
ハンドルをいっぱいに切っても一切ハンドルスイッチと干渉しない形状といい、さすがに細かいところまで設計を詰めてある。

ホンダ初の(と言っても、技術的には今更取り立てて言うほどでもないが)一体成型シートは硬さこそまずまずだが
座面がかなり前傾している上に前方がやや絞られているので実際にはシートの前の方に座ることを余儀なくされる。
足つきはかなり良くて車両重量278kg!もある重量級の車体を支えるには大いに具合が良いことは買うのだが、
折角の本格ツアラーだというのに、シートがこれでは少々もったいないのではないか?意図的に腰を後ろに引いて
前にずり下がらないよう重力に抵抗していなければ快適性に優れる座面が広い部分を使えないシートというのは
スーパースポーツならまだしも、スポーツツアラーとしては問題ありだろう。以前東京モーターショーで座ってみた時には
そのような事はなかったから、多分あれが日本仕様のローシートではなく25ミリ高いハイシートを備えた本来の姿だと思うが
(その時の前傾の度合いはK1200RSの前期型と後期型の中間くらいだった)これなら断然、ハイシートがお勧めだ。
BMWの日本仕様同様にハイシートが別売と言うのは面白くないが、価格も18900円と不当に高くはないし。

普段ならスイッチ類の確認だけしてすぐに走り出す私だが、ツインクラッチ式のATには二輪も四輪も乗ったことがないので
まずは真剣にディーラーメカニックの説明を聞く。
昔ならライトスイッチがあった場所にニュートラル/Dモード(通常走行AT)/Sモード(スポーツ走行AT)の切り替えスイッチがあり、
現行のK1300系だとディマースイッチがある場所の反対側(右側)にはATモード/MTモードの切り替えスイッチがつく。
左側のスイッチボックスもちょっと変わっており、ディマースイッチが通常よりやや上にあってその奥には
(スイッチボックスの分割線の前側)真上を向いたハザードスイッチがあり、ディマースイッチの下は妙に大きなホーンボタン、
さらにその下、ということは結構低目の、私好みの位置にウインカーがある。
そしてウインカーのまだ下、グリップから手を離さずに操作できるぎりぎりの位置にMTモードで使用するシフトダウンスイッチがあり
シフトアップスイッチはスイッチボックスの裏側、上下関係でいうとグリップのほぼ中心線より少し上くらいの位置についている。
そして、左のスイッチボックスの内側にはオートマチック車なので手動式のパーキングブレーキのレバーがある。
正直言ってこれを一回読んだだけで全部の配置を脳内でイメージできる人は居ないだろうと書いていても思うのだが、
このページは画像を載せていないのでまあご容赦願いたい。

エンジンをかけると、聞こえてくるのは白バイで聞かされた、あのヒュルヒュル言うV4の音だ。
個人的にはあまり好きな類の音ではないが、これはこれで個性のうちだろう。音量は従来型よりも抑えられていて、
高周波の音が減ったのか従来のVFRよりやや低音が強まった感じだ。
国内仕様にはエンジン部分に遮音カバーが標準装着されることも無縁ではないだろう。
メーターは中央にアナログ式のタコメーターがデンと居座り、その左右に翼を広げたようなイメージの液晶ディスプレイが配置されて
速度計・燃料計・水温計・ギヤポジション・変速モードインジケーター・時計・オド/トリップ・外気温計が整然と並ぶ。
ただ、先に書いてしまうがこのメーターはデザインは良いのだがどうもデザイナーが遊びすぎた感があり、
実際に走行すると色々と気になる部分がある。
まず、排気量が1200ccもあるオートマチック車であればトルクが不足するはずがなく、後述するがこのバイクは
基本オートマ、気が向いたらマニュアルなので優先的に見るべきはエンジン回転数ではなく、速度だ。
というより、極論すればタコメーターがなくてもこのバイクには実用上ほとんど問題がないのだが、
限られたメーターのスペースの特等席にタコメーターを持ってきた代償としてスピードメーターは液晶デジタル表示になっており、
こちらの視認性がタコメーターに比べてかなり劣ると言わざるを得ない。また、速度の表示が素早く変わり過ぎて
加速中は表示が追いつかないのも速度を見づらくしている(これは日本精機なんとかならんかったのかと思う)。
また、ギヤポジションのインジケーターはいいがATモードの表示は文字がやや小さくて見づらい。特にMTモードについては
メーター内部に作動中を示すLEDでも仕込んでおいた方がずっとよかったのではないだろうか?
コスト高につくのは承知だが、MTモードを作動させる時間はかなり短いだろうし。
なお、シートの座り心地はやや硬めだがスポーツツアラーとして考えたら形状以外は充分合格で、ミラーの視認性も問題はない。

さて、いよいよスタート。クラッチレバーもシフトペダルも存在しないこのバイクはAT/MTモードを問わず半クラッチは
機械が自動的にやってくれるので、アクセルさえ普通に開けてやればバイクはまるでスクーターのようにごく自然に発進する。
この辺りの制御は相当に煮詰めたのだろうが、違和感のない仕上がりには感心した・・・というより、これは半クラッチに失敗して
エンスト立ちゴケを繰り返す方にこそ福音となる装備ではなかろうか?
少なくとも、発進時エンストの可能性をほぼゼロにできるというだけでこの装備を選ぶ価値がある人は確実に居るだろう。
そこからすぐに信号待ちで止まったが、停車時にはニュートラルにしてサイドブレーキを引くまでもなく、
Dモードのままアイドリングさせておけば何の問題もない。そこから右手をひねれぱ普通に加速できるわけで
つまり車のオートマと同じなのだが、有段式変速ということを除けば機構はともかくフィーリング的にはスクーターとほぼ同じで、
改めて「オートマは楽でいいなあ」と思った。
そこからの加速だが、60キロくらいまではスロットルの開け方にもよるが変速時にガチャンというある程度の音とショックがある。
(急加速の方がショックは大きくなる)四輪のツインクラッチでは変速ショックはほぼ皆無と聞いているが、
この辺りはホンダが意図的にそうしているのかそれとも技術がまだこなれていないのか。Dモードでは私の走り方からすると
常に普段の使い方より一速高いギヤを選んで走る傾向があり、つまりどんどんシフトアップして加速の緩さを速度で補う走り方だ。
かなりおとなしめなプログラムだというのが率直な印象だが、本気で飛ばしたければSモードもマニュアルもあるわけで
こういうモードを標準設定にしたのは正解だろう。なおシフトアップの速度は人間ではありえないほど速く、
S1000RRのオートシフターを最速のタイミングで作動させるよりまだ速いか・・・という
超高速のギヤチェンジを100%の確率で可能にする。スムーズなシフトアップというだけならこの領域はそう難しいとは思わないが、
この速度は人類にはどうにもなるまい。
また細かい部分だが、速度が落ちると当然クラッチは自動で切れるわけだがその切れる時点の速度は
一般的なスクーターよりやや低く設定されているので、信号待ちで車間を詰める場合などに普通のバイクでよく使う
「1速でちょっとだけ吹かして、クラッチを切って惰力で走って車間を詰める」という技が少々やりにくい。
クラッチが切れるタイミングに関してはスクーターで山ほど経験値を稼いでいるホンダだけに、
ここはもう少し制御の煮詰めを期待したいところだ。

気分良く飛ばしていると、操作感優先で3シーズングローブを嵌めていた指先がだんだん冷たくなってきた。
改めて確かめてみるといかにもプロテクションを優先したかのような形状のアッパーカウルの掌部分への防風性は
実は大したことがなく、結構な風が吹き付けてくる。
後で調べてみるとカウルのエラの部分に取り付けて風の巻き込みを軽減するサイドディフレクターは
29400円のオプションなのだが、「そんなもん後付にしないで最初から一体でデザインしとけ!」というのが
BMWユーザーとしての率直な感想だ。
また、下の部分にカウルとの隙間を設けてカウル内部との圧力差を解消して風の巻き込みを軽減したスクリーンは、
昔のK100LTのそれを一回り半小型化したような形状だが見た目の印象よりずっと効果的に
(肩までとやや低いが、左右に広い範囲で)上体への風圧を低減してくれる。
大多数のユーザーはこれで満足するだろうが、それで満足できない向きにはスクリーンの上に二重にして取り付ける
高さと幅のあってどう考えてもツーリング向きなのになぜか名称がスポーツ・スクリーン29400円がある。
アクリルではなくポリカーボネート製だから仕方がない部分はあるが、結構高いなあ・・・。
せめてスクリーンの高さ調節機構でも備わっていればと思わずにはいられない。
下半身への風の当たり方は良く考えられていて、例のレイヤー構造のカウルの恩恵なのか無風ではないが
直接の風圧はうまく逃がすように上手にマネジメントされている。形状からして足のつま先は長距離走行では
冷えるのではないかと思ったが、短い試乗ではそこまでの事はわからなかった。

信号が変わったので減速すると、今度はやたらと早いタイミングでシフトダウンして積極的にエンジンブレーキを使って減速してくる。
エンジンブレーキは決して強すぎないのでこれは慣れで解決する範囲だと思ったが、ATに学習機能があってもいいのではと
ふと考えた。ちなみに320のフローティングディスクにラジアルマウント6ポッドキャリパーをダブルで備えるブレーキは
かなり強力で、EVOブレーキとは言わないまでも現行のBMWに全くひけを取らない程度の制動力はある。
フィーリングやコントロール性については”標準的”という言葉の範疇をはみ出すものではないが、
プレミアムな大型スポーツとしてはまずまず合格点だろうか。
リヤブレーキを単体で使用してもそこそこ効いたので後で調べてみたところ、何と左側のフロントキャリパーは
6個のピストンのうち2つがフロントブレーキの油圧系から切り離されており、普通に前ブレーキをかけても
右は6つのピストンが作動するが左は4つのピストンしか作動しない。残る2つはリヤブレーキとの連動専用で、
リヤブレーキを踏むとフロント左側の2つのピストンも同時に作動して前後連動を実現。当然そのままだと
左右のディスクで異なるフロントブレーキのストッピングパワーは左右のキャリパーでピストンの断面積を変えて対応するという
いかにもホンダらしい良く言えば凝りに凝った、悪く言えば変態的な設計になっていた。
それにしてもホンダは、前後連動ブレーキでフロントを独立させるのが好きだなあ・・・。個人的には良く似た方式を採用する
スペイシー100の前後連動ブレーキにある程度の違和感を感じているので、リヤを独立式にするBMW方式の方がいいと思う。
通常の使用で問題は一切ないわけだが。
なお、ブレーキング時のシフトダウンが早いという事は後ろがエンジンブレーキでどんどん沈んでいく理屈で、
これがブレーキの実質的な効きを高めるとともにノーズダイブを多少軽減している側面もあると思う。

エンジンについてはほとんど不満を言うところがない。というより、もともと試乗のペースだから120キロちょっとまでしか
出していない上にそもそもパワーに不満のあるはずがなく、DCTが勝手にシフトアップするためトルクの特性がわかりづらいのだ。
(4速固定でアクセル開度一定加速でもやれば多少はわかるが、試さなかった)その範囲ではV4エンジンは
ほとんど黒子に徹しており、個人的には余り魅力的に感じないヒュルヒュルとした音を発しながら
良くも悪くも大したドラマもないまま至ってスムーズに回る(パワートレーンとしては正しい)。
6速100キロは3300回転ほどだったが、そこでは「いい意味で存在感のないエンジンだなあ」という印象だった。

ここまで無視してきた乗り心地だが、実はなかなか良い。ホイールベースがかなり長いためか体感する前後方向のピッチングが
少ないことも好印象につながっているのだが、あまりストロークしている印象はないがその中できっちり減衰を効かせて
サスが仕事をしている感じがあり、初期作動性がななか良好なことと(少なくとも標準状態では)サスの硬さとシートの反発力を
ちょうど良く合わせていることもあって、重厚感はあるが荒っぽさはなく、相応に引き締まった良質なGT・
またはスポーツサスペンションという印象の乗り心地だ。確かにこれならメーカーの謳う300キロノンストップは充分可能だと思う。
燃費は不明だが燃料タンク容量が18リットルしかないので、本当に300キロ無給油で安心して走れるのか、という疑念もあるが。

カーブを曲がったところでATのモードをDからSに変更する。結論から言ってしまえばこちらは典型的なスポーツモードで、
シフトアップのタイミングがはっきりと遅くなり低いギヤで引っ張る走りがある程度できるようになる。
シフトダウンについてはDモードとの大きな違いは感じられなかった。
本気で全開加速をするような時にはこのシフトタイミングでもまだ早いのではないかと思ったが、
そういう使い方をするようなバイクではないだろうしそれを望むならMTモードで、ということなのだろう。
試乗コースだけでは断定はしかねるが、スポーツ走行をするなら選ぶべきは間違いなくこちらだ。

試乗コースにはあまりカーブがなかったのでいろいろと無理して試してみたが、
ビューエルやS1000RR並み、とはいかないまでも車体のマスがいい位置に集中している感覚があって、
スラロームの真似事をしたり急なレーンチェンジを試しても相当な重量車にも関わらず
車体の前や後ろで重いものを振り回している感覚は希薄だ。
押し歩きにしてもそうだが、このバイクは全体に車体が実際の重量より軽く感じる傾向がある。
限られた範囲でコーナリングを試した限りでは見た目の印象通り典型的な前輪荷重の曲がり方を示すのだが、
車体は安定しきっていて破綻をきたしたり軽い動きを示すことがない。
この辺りは安定感と軽快感が不思議に同居するが重々しさにはちょっと乏しいK1200系とはちょっと異なる乗り味だ。
試乗の限りでは旋回性能はクセがなく自然なもので、積極的に前輪から倒れ込むというほどではないが
常にフロントからのグリップ感があり充分な旋回性能を感じさせる(その上の領域は試していない)、好ハンドリングだと思う。

また、MTモードにも触れておくが神速のギヤチェンジを可能にするという点では非常に評価するべきで、
変速速度をお金で買える、という点では確かに抜群だ。ただし、慣れれば評価が変わる可能性はあるが
現在のスイッチ配置はいささか位置関係が離れすぎていて半ば無意識にスイッチ操作を・・・というのは
現時点ではちょっと難しい。特に、シフトダウンがウインカーと間違えないように気を遣うというのは
個人差はあるだろうが操作性の上で明らかな減点対象で、
「スイッチは四輪並にパドルとはいかないまでも、せめてディマースイッチのように簡単にはできなかったのか?」
という残念さを感じた。また、完全に慣れの話となるがシフトチェンジがあまりに簡単にできてしまうので
変に遊んでいると適切なギヤを選べない初心者のような走りになってしまうため試乗時には注意されたい。
なお、MTモードはスイッチを押さなくても一旦車体が停止すると自動的に解除されてしまう。
これについては正直鬱陶しいところで、解除されない方式の方が良かったのではないだろうか。
現時点ではこのバイクは基本があくまでオートマチックで、MTモードはいわば余技みたいなものと言わざるを得ない。
そう考えるとこのシステム、よくこれだけのものを最初から出してきたと感心はするのだが
乗りやすさをスクーター並みに高めてはいるもののスポーツ性を高めているとは言い難い部分があるため、
このバイクの魅力を総合的に高めてはいるが素の魅力を引き出しているかと考えるととても判断の難しいところだと思う。

さて、まとめ。非常にまとまりのいい、意欲的なスポーツツアラーだ。ホンダが仮想敵をBMWのK1200Sと公言するだけあり、
運動性能はかなり高くツーリング性能も恐らくK1200Sを越え、K1200RS並みに高いのではないかと思う。
(性格的には後期型のK1200RSに近く、あれを現代の技術でブラッシュアップしてV4を積んだと考えると判りやすい)
高級バイクとして考えると乗っていて得られる上質感と快適性は高く、外観的な意味での質感はBMWをはるかに超えている。
試乗車は111PSの国内仕様だったため絶対的な速さは充分とはいえパワー感はDOHCのR1200GSと同程度だったが、
172PSをマークする輸出仕様なら絶対的なスピードでもK1200Sに匹敵するのではなかろうか。
また、デュアルクラッチのトランスミッションは現時点で完璧とは思わないが極めてよくできたメカニズムで
確実にイージーランに貢献するし将来的に新しいスタンダードになっていきそうな気はする。
(現時点ではギアシフトアシストの方がスポーティだが、技術として汎用性があるのは間違いなくこっちだ)

しかし、ではこのバイクならではの突き抜けた魅力があるかと聞かれると、答えはノーだ。
運動性は高いとはいってもデュオレバーを備えたK1200Sにはさすがに及ばないし、
(落ち着いた乗り味はK1200Sより寧ろK1300Sに近い)国内仕様の出力特性を割り引いて考える必要はあるが
エンジンは洗練の度合いこそ同等でもエンジン単体の魅力では公平に考えてBMWに届いていないと思う。

また、スポーツツアラーでありながらメインスタンドが31500円のオプションのうえ、スポーツツアラーにとって必須とも言える
容量片側29リットルのパニアは145950円、容量33リットルのトップケースはキャリアとアタッチメント込みで112350円と
ケース類はBMW以上の超強気な値段設定だ。
その辺りのことを考えていくと「非常に良く出来ているが、魅力と洗練性の点であと一歩」というのが率直な評価になる。
しかし「エンスト立ちゴケの恐怖から開放される」という言葉だけで、福音を聞いたような気分になるライダーは
意外と多いのではなかろうか?(特にRT乗りとGS乗りに)テレレバーやデュオレバーに拘泥しない、振り回しての楽しみを
余り重視しない乗り手であれば快速ツアラーとして申し分ないのだが、よく考えてみるとR1200RTや
カタログ落ちしたK1300GTは快適性でこれを上回るだけに実に難しいところだ。

この試乗記は”ある程度乗りこなせること”を前提にお勧めを書いている関係上、
まさか「立ちゴケが怖いライダーにお勧め」などというバイクの性格に関係ない次元の後ろ向きな勧め方もできず、
そういう意味で誰に薦められるかこれほど迷うバイクも珍しいのだが、以前からのK1200RS乗りで横置きKにはついていけず、
RTにも走りたくない、という向きは試乗をしてみて損はないと思う。出来は良いし少なくともBMWより維持費は安いし
信頼性も高いだろうし、ディーラーネットワークは比較にならない。

CBR1100XXスーパーブラックバード(キャブ仕様初期型輸出仕様)
現在はクラッチが軽くなったりサスが改良されたりと随分改良が進んで熟成されたと聞いてます。あくまで最初期型の感想としてお読み下さい。

 私は、約束どおり友人から当時世界で二番目に速かったバイクを借り出した。乗り出してみると非常にエンジンがスムーズなのに気付く。
K1200RSほど低振動ではないが、あれとはエンジンマウントの差もある。ポジションはオーナーが社外品の5ミリほどの厚さのハンドルアップスペーサーをかましてあるとはいえかなりきつく、あまり長時間は勘弁して欲しい類のものだ。乗り心地は硬い。特にフロントがハードな設定で、腕には直接的なショックが結構来る。リヤは張りの強いシートにかなり救われているがこれまた基本的に硬く、跳ねる。
クラッチは重く、通常の使用に支障は無いが信号待ちをクラッチを切ってやり過ごすには当時の左の握力48.5キロの私にも少々忍耐が必要だ。

 道路が空いたのを見計らって2速のまま右手に力を込めてみた。なんという加速だ。エンジンは基本的にスムーズ(ただし、国産車に標準的な程度の荒々しさはある)さを保ったまま、まるで飛行機が離陸するような物凄い加速をする。状態を伏せ気味にして腰を落ち着けるだけではとても足りず、上体が後ろにもっていかれるのを防ぐためにハンドルに力を込めねばこの加速には耐えるのが難しい。単純と言えば単純だが、パワーと加速も確かにバイクの魅力の一つ。下道のバイパスで160キロを何度か超すうちに、すっかり上機嫌になった私であった。
 スローペースな街中では、やはり冷却が幾分不足するらしい。頻繁にファンが回り、FZRほどではないがフレームとシートが熱を帯びてくる。この時の気温は20度前後と高くはなかったのでちょうど血行も良くなっていいかという程度だったが、夏にはかなり熱いだろうことは容易に想像された。もっともオーバーヒートの心配は皆無だったし、K100系より暑いかと聞かれたら答えはノーだ。ともかく、乗り心地などネガの部分が色濃く出る街中では、決して快適なバイクではなかった。
 高速に乗った私は、100キロ先のインターを目指した。気づいたことは足のウインドプロテクションはフルカウルでも私のRSに大きく劣ること、上体のウインドプロテクションはタンクにべったり伏せても大した事は無く、120キロを超すと完全に風圧との戦いになること、乗り心地は速度が上がると快適になるが、それでもRSには遠く及ばないこと、直進性はR1100RSより上だが総合的な安定感では明らかに劣っていること。スピード感はあまり無く、横風には比較的弱いこと、前後連動のブレーキは違和感無く使えることくらいだった。
 友人からはエンジンを回して乗ってくれと頼まれていたので、リクエストに応えて2速で巡航してみる。リミット10800回転まで回すとメーター読みで時速160キロを突破してしまうこのバイクは、2速140キロからでも右手の一ひねりでリヤをぐっと沈めて猛然とダッシュする。「スピード狂には昇天もののバイクだよなあ」と思いながら、風圧ときつい前傾で実はあまり快適ではないツーリングを続ける私であった。
 高速を降りた私は、そのまま少し離れた目的地へと向かった。再び市街地を走って気付いたのはハンドルが外乱に弱く、路面状態に影響されやすいバイクだということ、高速では気にならなかった初期旋回性能が実は意外と低く、ある程度のきっかけをつくってやらないとうまく旋回できないということだった。
 そして再び帰りの高速。ペースを上げられない混んだ高速では、このバイクは従順で乗りやすいが根本的にあまり快適ではない。肩は凝るし尻も痛くなる。まるで苦行僧になったような気分で悶々としながら帰りの高速を走った私は、310キロを走破してバイクを返却したのだった。
 で、結論。完成度はかなり高い。エンジン、足回りなどの性能はよくまとまっている。そして猛烈に速い。しかしまず300キロ近くの最高速を出せるという事実があるバイクで、非現実的な速度とは言えその領域での運動性能を確保しなくてはならないためなのか、全てが一般ライダーが普段使用する速度域では無く高速域での性能を見据えて作られており、その結果一般常用域での快適性やエンジン以外の動的性能が低くなってしまっている。ビッグバイク然とした乗り味はあるが、ツアラーなのかスーパースポーツなのか少々中途半端な感じだ。
これがフラッグシップモデルだと言ってしまえば話はそこで終ってしまうのだが、巡航不可能な最高速が何キロ出ようが別にどうでもいい私にとってはそんな性能より公道で実際に使って楽しいのか、快適なのかといった要因の方が大切であって、そういう評価軸で考えるとこのバイクの評価はそれほど高くない。私個人としてはこれの中古を70万で買うなら、倍の値段でも迷わずK1200RSの中古を推したい。そう思わせるだけの内容の違いはあると思う。


トライアンフ・ボンネビル
これほど予備知識なしで乗ったバイクも珍しいです。何しろ乗った時には排気量すら知らなかった(^^;)
ぱっと見ると、そのまんまですがカワサキW650に良く似たバイクだな・・・という印象です。デザインのオリジナルはこっちですが。
車体はW650よりは幾分大きいかな、という感じで、国産400のマルチとさほど変わりません。また外見もおとなしめ。造形的に凝っているところは見当たらず、左のヘッドライトステーに内蔵されたイグニッションキーがやや奇異に見える程度です。ただし、パイプハンドルを支えるクランプが左右で繋がったアルミの鋳物(バフ仕上げ)になっていてTRIUMPHのロゴが鋳込まれているのは雰囲気が出ていてなかなかいい感じ。ここには妙にお金かかってます。
またがってみると、ポジションは随分とリラックスしたものです。個人的にはハンドル位置があと少しだけ近い方が好みですが充分に許容範囲。足つきは非常に良く、個人的にはステップをもう少し下げるかシートを上げて膝の曲がり角をもうすこし緩くしたいと思えたほどでした。
スイッチ類の配置は現代的。成形も悪くなくていい感じなのですがそれに反してメーターパネル周辺の質感が低く、見ているとイマイチ気分がしぼんでしまうのはあと一工夫してほしかったところ。この手のクラシカルなバイクは雰囲気も大事ですから、またがった時に乗り手を萎えさせちゃいけません。スピードメーターの表示はやや煩雑にも思えますが視認性はまずまずで、黒地に白を基調としたデザインもなかなかツボを心得ていていい感じです。ちなみにタコメーターは付いてません。無くても充分走れるバイクではありますが、個人的にはやっぱり不便でした。

エンジンをかけると、拍子抜けするほど静かです。「えっ、こんなの?」というのが第一印象でした。
昔のW1Sとまではいかなくとももっと排圧のかかったドコドコいう音を予想していましたが、国産で言ったら250クラスよりも静かで、それこそ125ccに近いくらいの音量です。アイドリング状態では振動もかなり少なく、低振動ぶりはBMWのRシリーズよりもよほど上。「随分現代的なエンジンだなあ」と思いましたが、厳しい欧州の騒音規制にパスするためにはこのくらいやらないといけないのでしょう。
クラッチはかなり軽く、シフトもスムーズ。細かいところもいい感じです。空冷ツインでタコメーターがないためエンストしないよう発進には最初気を使いましたが、800ccもある排気量のエンジンはさすがに低速でも粘るため実は発進もRシリーズより簡単。これもじきに慣れました。
スタートしてまず気付いたのは、車体の動きがびっくりするほど軽快なこと。実際の乾燥重量は205キロなんですが、とてもそうは思えないほどの軽快感です。R1150Rの軽快感を高く評価している私ですが、乗った感じではあれよりも遥かに「軽い」ですね。私は最初「600ccくらいのバイクなのかな?」と思ってました(汗)
で、幹線道路の雑踏の中を走っていても基本的には好印象です。このバイクにはハンドル回りのどっしりした安定感というのはあまりないんですが、実際にはハンドルから力を抜いてバイク任せにしていれば充分に安定してますし、前後ともシングルディスクのブレーキも本気で飛ばすならフロントがやや甘いでしょうが、普通に走っている限りは必要充分なだけの制動力があります。ミラーの視認性もまあ良好。サスの作動感もはっきり言ってそう大したことはありませんが、ライダーを無用に急かさず疲れさせないマイルドな設定です。街中のペースに合わせてトコトコと走っているだけでも、リラックスして風を感じながらそれなりに楽しんで走れるというこのキャラクターは大いに評価されてしかるべきでしょう。BMWだとそういう走りは退屈でダメですし。
ただし、ちょっと走るとある程度ネガな部分も見えてきました。エンジンは結構なところまで回転を上げても静かかつ滑らかに回ってくれ、ほとんどBMW並に穏やかなスロットルレスポンスもゆっくり走る分にはかなりいい感じなんですが、社会的適合性とツーリング時の快適性はともかく(本気で疲労軽減を優先するなら、鼓動感やパルシブな排気音は邪魔なだけ)ちょい乗りの試乗では技術力やメーカーの見識を感じさせてはくれても全体としてはエンジンの主張が幾分弱くバイク全体としての楽しさをスポイルしてはいないかという印象を払拭できません。
またリヤサスのストロークが幾分短いきらいがあり、乗り心地は多少突き上げ感を伴います。鏡のように平らな路面ならいいでしょうが、もうちょっと快適性を上げて欲しいのが本音です。またステップに比してタンクの幅が狭く、ニーグリップがやりにくいのも減点対象でしょう。こういうバイクはひたすらリーンウィズが基本ですから、デザイン的にもニーグリップラバーを付けて欲しいところです。あと忘れてはいけないのが、ガソリンタンクのキャップにキーがつかず、従ってロックもできない単なるねじ込み式を採用していること。確かにクラシカルな雰囲気はありますが、この世知辛いご時世を疾走するバイクとしては少々思い切りが良過ぎる気がします。
旋回性は試乗コースの関係上あまり試せませんでしたが、一言で言ってごくごく自然なハンドリングです。ライダーがこれといった操作をしてやらなくても軽快かつ自然にすっと倒れてすっと曲がってくれるバランスのとれた設定ですね。ハンドルの切れ込みやリーンも鋭いところはありませんが鈍いわけでもなく、誰が乗ってもリラックスしてそれなりの走りができそうな感じです。
加速力はまあ、それなり。もちろん排気量があるためF650よりは速いですが、ビッグバイクとして考えたら絶対的には遅いほうでしょう。ちなみにまともに加速をするとフロント回りが幾分軽くなり、私の場合あまり飛ばそうという気にならなくなりました。防風性は外見の印象通り皆無で私の場合快適に走っていられるのは80〜90キロあたりが上限でした。高速道路を制限速度以下でクルージングしたくなるアメリカン系を除けば数少ないバイクでしょう。どちらにしても、性格的に考えても飛ばすバイクではないです。またハンドルの切れ角は広く、街道でのUターンを試みたところドカだと対向する三車線すべてを通らないと曲がれなかったのがこのバイクは隣接の一車線だけで楽々旋回できました。

まとめると、雰囲気重視のベーシックバイクでしょう。とにかく乗り手に精神的に優しいバイクで、絶対性能はそこそこながら誰が乗っても従順かつマイルドな走りが楽しめると思います。街中でも扱い易く、風圧さえ我慢できればおそらくはツーリングも結構得意。そのキャラクターを実現すべく、開発者が全ての部分をその方向性で上手くまとめあげたような印象を受けます。エンジンは決して悪くありませんが、刺激性にやや欠けるのは好みの分かれるところでしょう。目を三角にして走ってないとストレスが溜まってしまう向きにはお薦めできないかも。W650より25万ほど高い価格をどう取るかは人それぞれでしょうが、一台のバイクとしてみるとなかなかの快作で価格相応の内容はあると思います。


トライアンフ・スピードトリプル
ショップの人が引っばり出してきた車体はやけに寸詰まりだがあまりスリムではなく、GSF1200みたいな凝縮感があります。しかし細かいところをよく見てみるとやはり149PSを発揮するスーパースポーツ・デイトナ955iのノンカウルバージョンという素性は隠しようがなく、というか隠そうとしていませんが車体後ろ半分の見た目はまんまデイトナと同じです。あの丸目ニ灯のヘッドライトを配したフロントのデザインセンスはどうにも戴けませんが、ここは好みの分かれるところとしておきましょう。
とてもネイキッドとは思えないほど薄くて貧相なタンデムシートはYZF−R1などよりは遥かにましでしょうが良く見ると左右で形が違ったり縫製もずれていたりして、これで126万円?とちょっと考えてしまいました。
またがってみるとステップの位置はどうやらデイトナと同じらしく、おやっと思うほど高い位置にあります。あまり後退してはいないので膝の曲がりもまあ許容範囲ですが、その割にハンドルの位置はそんなに低いわけでもなく絞り角も少なめで、ずっと以前に教習所で乗ったVFR400Rをノンカウルにしてアップハンドルにした(当然膝の曲がりはきついまま)教習車バージョン・VFR400Kを思い出してしまいました。それはともかく、全体的には前傾と言うより前のめりという方がぴったりくるようなポジションです。まんまデイトナから流用のシートは薄くて固めだけどお尻の部分に妙に強い反発があるもので、バイクの性格を考えたらそれほど合ってないとも思いませんでした。なお足つきは基本的に悪くないんですが、ステップ位置の関係で足を出したり引っ込めたりするのがレプリカに慣れてないと少々億劫気味ではあります。また横長のミラーは幅が狭い上に腕との距離がかなり近く、調整しても鏡の半分は自分の腕しか映りません。何とかしてほしいところです。
このバイク、クラッチを握っていないとエンジンがかからないというまるでどこかの原付のようなシステムを採用していますが、120PSもある水冷リッターバイクにしては珍しくワイヤー式のクラッチは実は予想以上に軽く、普段の使用も別に苦になりません。そこらの国産リッターネイキッドよりも軽いくらいです。
で、エンジンをかけてみたところツインとは違った不整脈に近い振動があります。純正のマフラーはかなり静かで、これも国産といい勝負。ドカのモンスターよりもずっと静かです。最初はアイドリングが2000回転だったのにちょっと驚きましたが、これもオートチョークを採用しているようで時間が経つにつれてだんだんと回転が下がっていき、試乗を終える頃には1000回転でピタリとアイドリングが安定していました。賢いインジェクションはBMWだけの特権ではありませんなあ。他のバイクのことも良く知っておかないと。
で、乗り出すとおっと思うほど車体の動きが軽快です。私が軽快感で高い評価をしているF650CSに匹敵するほどで、車体の倒し込みもハンドルの舵角の付き方もかなり鋭い部類に入ります。後で調べてみたら車体重量も189キロしかなかったんですが、なるほどと納得でしたね。そのくせフロント周りには常にある程度の安定感があって、ステップ位置が高くて自分の重心がやや高い印象を受けてしまう以外はすり抜けも難なくこなせます。ミッションタッチも良好で、渋いとか抜けるとかで不満を感じることは一切ありませんでした。ギアがローに入る時のガチャンというショックもパワーを考えたらやや少なめな方だと思います。
それを利して信号待ちで列の先頭に出て、青と同時に軽くダッシュ。猛烈に速いですこのバイク。モンスターS4よりも確実に速く、ラプトールよりも少し速いんじゃないかと思える位。スロットルのツキが鋭過ぎず鈍過ぎないスポーツエンジンとして非常にいい感じになっていて、4500回転を超えた辺りでトルクが一段盛り上がる感じで更に吹けます。100キロ到達はあっと言う間で回転上昇も鈍らず、上までスムーズに回ろうとするけどパワーを回転馬力で稼ぐんじゃなくてトルクで充分稼いでいける、速く走れるエンジンですね。ただし、印象としては「これが三気筒特有のフィーリングか」というより「振動の多い四気筒って言った方がぴったりくるな」と思ったのもまた事実。多分クランクが短くてジャイロ効果が四気筒より小さいという構造上の特徴も車体の軽快感を出すのに効いているんじゃないかと思いますが、そこまでは試乗ではわかりませんでした。ただし、唯一気になったのがスロットルオフ時にリアサスに伝わる駆動力の変化が一定ではなかったこと。駆動系のダンパーがへたっているかのような印象で(試乗車の走行距離からしてそれは考えられない)、気になりだすとスロットルを戻す時に余計な神経を使わねばならずちょっとヤでした。
で、感心したのがこれだけ軽快なのに三桁のスピードでも車体が安定感を失わないこと。道路の目地段差や舗装の後などを斜めに乗り越えても車体の安定感はまったく乱れず、フロントからもリアからも硬質な衝撃は皆無です。いかにも作動性が良さそうな印象で、お陰で乗り心地も出来映えがそれほどでもないシートから予想されるよりずっと良好。好みはあるでしょうがノーマルのR1100Rよりもいいかもしれません(あれはサスの初期作動がいまいち)。ブレーキは国産車に良く似た感じでコントロールもし易く、制動力も文句なし。またブレーキング中のフロントの剛性感の高さも特筆すべきで、フルアジャスタブルの径45ミリ正立フォークの性能には正直脱帽でした。テレスコのノーマルサスのバイクでこれよりフロントサスが良かったのは私の経験ではMVアグスタくらい(あれは別格)です。リアサスの出来の良さも含めて、私がサスを社外品にリプレイスする必要無しと思った稀有なバイクでした。
ある程度速度を出してエンジンも暖まって、アイドリングも落ちついたところで試乗コースは路地裏のような細い道に入ります。しかしアイドリングが下がって気付いたんですが、このエンジン2000回転以下では言うべきほどのトルクを持ってません。それまではアイドリングが1600〜1800回転くらいと高かったので2000回転以上まで回してクラッチを繋いでいたんですが、アイドリングが1000回転に下がったのに合わせて1400回転位で繋いでみたら見事にエンストしました(^_^;) ベースとなったデイトナのエンジンよりピークパワーを29PS削ってその分中低速に振ってあるはずなんですが、その割には下は大したことがないというのが正直な感想ですね。また、ハンドルの切れ角はかなり小さくこれもモンスターといい勝負くらい。ただし車体の安定性が遥かに高くハンドルが切れなくても車体を倒し込んでバンク角で曲がることが容易にできるので、実際の取り回しはモンスターよりずっと楽です。モンスターはすぐにハンドル切れ角が気になりましたが、このスピードトリプルでは2km近く走るまで気付かなかったわけですしね。
なお、コーナリングは低速からある程度の速度まで無理やり試したところクイックかつ安定感があり、かなり好ましいものでした。前輪依存の割合がわりと強い印象でしたね。

総じて、ボンネビルを作るメーカーがよくこんなバイクを作り分けできるよなあというのがまず第一の感想。それがメーカーの地力だと言えばそれまでですが、ホンダに近いくらいの作り分けの巧みさを印象として受けてしまいました。モンスターS4あたりがライバルになるのでしょうが、総合的な洗練度から言って私は迷わずこっちを選びます。より速く、より乗り易く機構的にも洗練されていて、特にノーマル状態でのサスの性能は大差かな。面白さでも個人的にはこっちの方が楽しめました。血中レプリカ濃度がかなり濃いのをどう判断するかで評価が決まると思いますが、公平に見てかなり痛快な面白いバイクです。ラプトールと比べたらどうかですが、個人的に気に入ったのはラプトールの方。ですが両方を比べてスピードトリプルを選ぶという友人がもしいても、私はまったく反対しません。ただし、ツーリング向きバイクではないのでその点だけは注意が必要でしょうね。


ハーレーダビッドソン・VRSCR STREET−ROD
楕円形のヘッドライトに低いダミータンク、複雑で独特な形状のフレームなどが生む基本的な外見は
どう見ても見慣れた?V−RODのそれなのだが、細かいところを見ていくとシートがまったく別物だったり
フォワードコントロールが廃されていたり、ホイールがキャストになっていたりと細部のディテールはまるで違う。
V−RODと共通の中身がいまいち見づらいが立派なメーターハウジングや
美しく仕上げられ、キャスター角に合わせて上面が斜めにカットされた倒立フォーク、
それとほぼ完璧に面一になるアルミ鍛造のトップブリッジに専用デザインが与えられたマフラーなども然りだが
最近のBMWの作りが随分とちゃっちくなってきている(今や国産の400〜600ccのレベルだと思う)のに比べると
ハーレーの(少なくとも外見的な)作りこみは断然手間と金がかかっており、
門外漢に対する高級バイク然とした説得力では間違いなくBMWに圧勝できる。この辺はさすがに上手いと思うが、
事実顧客のツボを外見で刺激することにかけてハーレーの右に出るメーカーは世界にあるまい。

さてまたがってみると、V−RODとのあまりの違いに驚くことになった。
シート高は81.7キロのライダーが座った状態で約76センチなのだが、実際の足付き性の悪さは
数字上の印象を遥かに超えるもので身長177センチの私が跨っても両方のかかとは完全に浮く。
(ちなみにGS系を除く大抵のBMWはシートが低い方なら両踵はほぼ接地する)
体感上は80cm以上あると思えたので、後で数字を調べて驚いた次第だ。
できるだけ足を内側につけるようにすると多少はましになるのだが、スポーツバイクらしい位置に変更されたステップは
ちょうど自然に降ろした足を邪魔するより少しだけ後ろの位置にあり、ステップとブレーキ/シフトレバーとの間隔が短いこのバイクでは
内側に足をつけるとステップとレバーに前後を挟まれるような形になって痛いし前後の自由がまったくきかない。
しかも乾燥重量295kgとやたらと重いため、不測の事態に対応するためには
必然的に足を外に開いて足付きの悪さに甘んじなくてはならなかった。
で、シートは意外に座面が広くてクッション性もまあまあ。硬めのシートで荷重を座面全体で受け止める
ちょっとコルビンに似た感じの設計だ。絶対的にはそうたいしたシートだとは思えないが、試乗程度では特に不満は覚えなかった。
膝は大幅に変更されたステップのお陰でスポーツバイクらしい適度な屈曲になり、荷重コントロールすら可能そうなものになっている。
ぐっと手前に近づけられた低くてそこそこの幅のバーハンドルが生む腰高な前傾姿勢といい、
ポジションはツアラーではなく完全にスポーツバイクのものだ。ただし、慣れの範疇なのだろうがまたがった時の眺めが
ほぼ完全にV−RODそのままであることに個人的には何とも違和感がある。文句をつけるべき筋合いではないのだが。

ハーレーに共通の実用上まあ不満はないが日本人は無論アメリカ人にもフィットするかどうか疑問の形状をした
クラッチレバーを操作すると、外見のイメージとは裏腹に実に慎ましやかに発進した。
V−RODの経験から1500回転くらいで短めの半クラッチ操作を行ったのだが、
走行距離が40キロに満たないまったくの新車ということを考慮してもクラッチの節度がわかりやすく、
エンジン回転がスムーズで結構粘るためだろう、K1200RS並みとは言えないまでもBMWのRシリーズよりは
遥かに洗練されたイメージのスタートができる。もちろん絶対的な重量も効いているだろうが。
ただし低速トルクがドンと出るタイプではなく、V−RODよりエンジンが多少高回転高出力型に振られたためか
それとも増大した車重のためかスタートダッシュは大したことはなく、あくまで中速からのトルクで勝負するタイプだ。
シフトの感覚はV−RODと同じなので省略。問題はなく剛性感も高いが、もうちょっと高級感あるシフトフィーリングを期待したい。
さてワインディングを目指したのだが、そこまでの市街地走行への適応性は注釈つきでOKとなる。
限界的な小回り性能は試していないが、ハンドルはそれなりに切れるしこの速度域ならハンドリングも素直な特性なので
ホイールベースが長い割には機敏に動けるし乗り心地も絶対的にはまあまあ・・・ということは、大抵のハーレーよりも良い。
フロントの倒立フォークは路面状況によってはコツンとした意外に直接的な衝撃を伝えてくるのだが、
基本的な作動性に文句はなくストロークは短いものの硬いが厚手のシートや長めのホイールベースが生む
ピッチングの少なさなどもあって乗り心地はまずまずの水準にある。走っている限り車重のネガも感じることはほぼなく、
スポーツバイクのポジションなのに操作感覚はハーレーというギャップにさえ感覚がついてくれば充分いけるだろう。
またV−RODで神経を遣ったマフラーとの接触もステップ位置が変更されたこのバイクでは気にならない。
大いに喜ぶべき改良点だろう。
では注釈の原因は何かというと、停まった時の足付きの悪さと重量、軽いとはいいかねるクラッチとその熱量に尽きる。
特に熱量が問題で、夏場の渋滞では結構な頻度でファンが盛大に回り出すのだがそうなると1100ccの水冷エンジンの熱量が
ものの見事に熱の塊となって股のあたりを直撃する。絶対的な温度こそK100系より低いが発生熱量はむしろ上のはずなので、
これは正直たまったものではないだろう。(それでもK100系よりはましだが)

さてワインディングに到達したところで、スロットルを大きく開けてみる。それまでV−RODよりも静かで、
最近のハーレーに共通の「ちょっと静か過ぎるな・・・」と感じていた排気音が一気に(絶対的には充分静かなまま)盛り上がり、
ラバーマウントされたVツインが穏やかかつ不規則な振動を発しながら豪快に加速していく様は
V−RODと共通の独特の世界だ。ここで軽快感が出るのではなく、質量感を感じながらのダッシュになるのは
好みが分かれるだろうが個人的にはライダーを興奮させすぎないという点で好感がもてた。
この状態での加速Gを支えるシートのホールド感にも文句はない。
だがそこからが問題で、緩いカーブをリーンウィズのまま適度なペースで曲がって
大トルクで豪快に立ち上がる走りをしている分にはバンク角もそこそこあり曲がり方もまず自然で具合が良いのだが、
そこから上の領域に攻め込むべくペースを一段階上げてみるといきなりネガが噴出してきた。

まずこのバイク、フロントの舵角の付き方がかなり鈍くポジション的にもフロントにあまり荷重をかけにくいため
ある程度までペースを上げるとフロントが外に逃げ始める。
フロントタイヤのグリップはしっかりあるので一気に破綻することはないが、かといって後輪主体で曲がるべく
荷重コントロールを行ってみてもやはりフロントの切れ込みが弱くリーンスピードもやたらと遅い。
しかも後ろがきっちりストッパーの役目を果たすシートは横方向はともかく腰を後ろに移動させることができず、
おそらくリヤステアで充分に曲げられるだけの荷重を後輪にかけられないため結果としてリヤステアでは速く走れない。
いろいろ試したところフロントブレーキでフォークを沈めてやり、高い位置にあるステアリングヘッドの存在を意識しながら
ブレーキ開放で一気に曲がるテレスコ伝統の曲がり方が一番具合が良かったのだが、
それ以外の乗り方は拒絶されるかの如き印象だった上にフォークの沈み込みが車重を考えたらかなり少ないため
結構なハードブレーキングをしないと旋回効率があまり高まらない。
また路面が荒れていると途端に車体の質量感がのしかかってきてフォークの路面追従性がかなり落ちてしまい、
結果として大幅にペースダウンを余儀なくされてしまった。
使っている部品は悪くないのだからセッティングでかなり解決できるだろうが、
スポーツバイクとして考えるならメーカーにはもうちょっとFサスのセッティングに緻密な詰めを要求したいところだ。
なお、ブレーキはかなり強力かつコントローラブル。なんとブレンボの4ポットを装備しているフロントは勿論
リヤも充分な能力があり、現代のバイクとしてワインディングを走るのに充分な性能を確保している。
ただし絶対的な重量がある分熱的な負担は大きいはずなので、ハードな連続使用を続けるとどうなるかは不明だが。

さて、まとめ。簡単に表現するとハーレーの作ったモンスターS4Rだ。狙おうとしているところは間違いなく
大排気量の水冷Vツインネイキッドスポーツで、従来のハーレーらしさ(というより、V−RODらしさ)を残しつつ
これまでのハーレーになかったスポーティーさも備えている。
そういう意味で「もっとスポーティーなハーレーが欲しいけど、ビューエルではハーレーと違いすぎて・・・」と
思っていた層には正に恵みの雨のようなメーカー純正カスタムモデルと言って差し支えない。
だからライバルは他社のアメリカンではなく、むしろモンスターやR1150Rロックスター、BT1100といったモデルになるだろう。
そういう中では凝った外装デザインにハーレーならではのテイストを残したそこそこ軽快かつ豪快な走りといった
他社には真似のできない魅力をもったモデルなのだが、少なくとも素の状態でのコーナリング性能は
正直なところライバルと同等の水準にはない。本気で走りたいならビューエルがある、と割り切って
独特かつ個性的な走りと外観に惚れられる人なら後悔しないだろう。


ハーレーダビッドソン・VRSCA V−ROD
久し振りに見たV−RODは、やはり非常にコンパクトに見える。低く長いスタイルのせいか、V−TWINマグナを一回り大きくしたくらいの雰囲気だ(実際の全長は2405ミリもある)。しかし非常にきれいなメッキパーツの使い方やハイドロフォーム工法の恩恵で極めて複雑な形状をしたアルミのパイプフレーム、コストはかかっているけどバネ下重量の軽減なんて言葉はどっかに忘れて来たような前後のディッシュホイールなどがやはり只者ではないと思わせる。
実際はたから見ても非常に手の込んだ高コストの作りになっており、デザインにしろこれまでのハーレーのデザイン(個人的にはあまり好みではない)とはまったく異なった方向性で纏められていて極めて好感が持てる。既存のハーレーがいいという(おそらく大多数の)ユーザーには従来からのモデルがあるわけで、企業として過去からの伝統だけにはとらわれず将来へと前進しようとする姿勢を打ち出したような新しさは高く評価したい。

さてU字ロックのキーのような円筒状のイグニッションキーを回してからエンジンをかけると、静かだ。国産のアメリカンよりは音量は大きめだが空冷モデルにあった乾いたバサバサいう感じの音は押さえられていて、低くこもった感じの低音でドッドッドッド・・・とアイドリングする。しかもアイドリング中にフレームの中でエンジンだけがわさわさ揺れることもなく、その意味でのハーレーならではの特別な感覚というか刺激性は随分と希薄だ。空冷モデルを主流として残しているからこそ取れた戦略だろうと思うが、エンジンの音で特許を取ろうとしていた頃とはまるで隔世の感がある。
またがってみると、一見コンパクトそうな外見に似合わずポジションは明確にアメリカ人の体形に合わせてあることがすぐわかる。
それほど幅の広くないハンドルは比較的手前に引いてあってリラックスしたポジションが取れそうなのだが、ステップが随分と前方かつ下に位置しており身長176cmの私でも膝が伸びきるわけではないが足が下に落っこちるんじゃないかと気になってしまう程に遠い。小柄で胴長短足の日本人体形に挑戦するような位置にあるので、お求めになる向きには是非ソールに土踏まずの部分との段差がきっちりついたブーツをご用意されたい(注・日本仕様は2004年モデルからこの点が改善されている)。
シートはR1150GSADVにも似た前後方向から引っ張って体重を支えるような構造で、幅がそこそこ広いこともあるが前後方向への移動はなかなか困難だ。総じて「こう乗りなさい!」とバイクが押しつけてくるかのようにポジションには自由度が小さく、しかもあまりリラックスできかねる。せめてペダルの位置はステップボードを装着するなりして何とかしたいところだと思った。
なおまたがると銀色とパールシルバーとクロームメッキとアルミの地肌しか見えない眺めは、他のどんな量産バイクにもないV−ROD独特のものだ。これまでのハーレーの眺めではないが、スペシャルな感覚は満点で私は大いに気に入った。足つき性は外見の印象通り極めて良好でまったく問題ない。ただしハンドルの切れ角は小さく、ロングホイールベースの上に実は乾燥重量が275キロもあることも手伝い、エンジンを切った状態での取り回しはそれほど良くはない。BMWのRやKを取り回せればまず問題はないレベルだと思うが。

メカニックからは低速トルクが少々薄いので2500〜3000回転ほどでスタートしてくれと言われていたが、確かに極低速のトルクがやたらと分厚かったこれまでのハーレーに比べたら極低速でのトルクは薄い。しかし絶対的には充分以上で、1500回転くらいで静かにクラッチをつなげげ楽々発進できる。とはいえ、タコメーターのついたハーレーには初めて乗ったが確かにこれならタコメーターが無いと困るなというのが正直な感想ではあった。これまでのハーレーではそんな痛痒は感じなかったのだが。なお、そのタコメーター自体は一体型のメーターにコンパクトにまとめられており、視認性はそれほど良くはない。その辺はやはりメーカーの考え方が表れている部分だろうか。
乗り始めると、いろいろと気になる部分も出てきた。まず、非常にがっしりした作りの油圧クラッチのレバーは握り易くするため途中で手前に引いてあるデザインで外見的には申し分ないのだが、その手前に引いてあるポイントが少々遠過ぎてグリップの内側を握っていては人差し指がレバーにかからず(人差し指を使わずに握るのは人差し指がレバーとグリップに挟まれるので無理)、結果的にグリップの外側を握ることになる。そうなるとウインカーのスイッチが少々遠くなり過ぎ、結局国産車のウインカーのようにハンドルから手を浮かせてウインカーを操作せねばならず使いにくい。アメリカ人の手のサイズを考慮してあるといっても、これはさすがのアメリカ人にも大き過ぎるだろう。
水平に近い角度で取りつけられたブレーキ/クラッチレバーそれ自体の角度は使いやすくていいのだが、ウインカースイッチ自体も上の方に取り付けられているためBMWのようにグリップを握った位置で親指を伸ばせばそこにスイッチがあるというわけにはいかず、結局左右どちらのウインカーもグリップから手を浮かせないと操作できない。これでは左右別体式の意味が半減してしまうし、改善して欲しい部分だ。なおハーレーのウインカーは出した方向をもう一度押すことでキャンセルされる構造だが、BMWのキャンセルボタンを別に設ける方式より慣れの問題もあるがこちらの方が扱いやすいと思う。
低くて小さい横長楕円形のミラーは一見視認性が悪そうだが、実際には広角ミラーとなっており実用上問題はない。BMWの見辛い丸型ミラーより余程よく見える。振動が少ないためかブレも皆無だった。
更に、足の位置にも神経を遣わされる。ハーレーにニーグリップ性など期待してはいけないが、前述した通り足が落っこちるのではないかという気になるから勢いニーグリップして足を保持したくなるのだが、そうすると左側は適当な位置に突き出したエアクリーナーのカバーが、右側はマフラーに沿って1メートル以上も伸びる美しくメッキされた長大なヒートガードがそれぞれ足に当たるので気が抜けない。もちろん問題なのは熱くなる右足の方で、これはK100系以上に革パンの着用が必須なバイクかもしれない。
DOT5などという単純にオーバースペックに思えるフルードを指定する油圧クラッチはそこそこ重いが節度感がはっきりしており、前述したレバーの問題を除けば極めて扱いやすいものだった。まだ走行距離100キロにも未たない新車だったのでそこを割り引いて考える必要はあるが、ミッションはゴリゴリしたタッチでシフトはストロークが長い上にかなり重く、頑丈そうな雰囲気は伝わってきたものの操作感が良かったとは言い難い。ただしドゥカティよりは軽く、ニュートラルは出しやすかった。
乗り心地に関しては、あまり大きな進歩を見つけることはできない。初期作動はいい感じで角が取れているのだが根本的にストロークの短いサスを硬いスプリングで支えているという基本特性は如何ともしがたく、洗濯板道路では上下にガクガク揺すられることになる。ただしそういう特性に加えて何と1710ミリ!もあるホイールベースも好を奏しているのか、減速時のフロントの沈み込みはテレレバーBMW並みに少なく、これは評価できる点だ。

混雑した街中を抜け、郊外の空いた道に入ったところでスロットルを開けてみると、これまた従来のハーレーとは別物だった。このエンジンの開発には確かポルシェが一枚噛んでいたと記憶しているが、Vツイン特有の振動はある程度(本当にある程度だけだ)残しながら軽快に上まで回ろうとする。この日は4000回転までしか回さなかったもののカタログ上なんと8250回転でピークパワー115HPを稼ぎ出すおよそハーレーらしからぬ高回転型な特性は充分にうかがえた。
風圧をまともに受けるポジションのせいもあるが体感速度はかなりあり、R1150系の加速力ではちょっとこいつについていける気がしない。ちなみに5速3000回転でメーター読みは80キロで、100キロを超えても車体はピッと安定したまま矢のように直進する。しかもそこからがなかなか秀逸で、専用の4ポットキャリパーとダブルディスクを与えられたフロントブレーキはハーレーのくせに普通のスポーツバイクに近い制動力でみるみるスピードを殺してくれる。リアブレーキは普通のバイクのフロント並みに効いた以前のハーレーほどではないがそれでもかなり強力で、総じてブレーキの水準は他社のスポーツバイクと比べてもかなりのレベルにある。49ミリのインナーチューブを採用したというフロント周りの剛性感も申し分ない。
それに加えて車体そのものが低重心で安定している上にライダーの荷重移動に対する反応が意外と鋭く、リアタイヤには180/55ZR18などという国産リッターマルチ並みのワイドラジアルを履いているため素早く減速を終えてクイックに倒し込み、水冷ならではの全域トルクをワイドタイヤのグリップで支えて素早くコーナーを脱出するという組み立てが実は極めて容易にできる。バンク中のフロントの安定感はやや不足している気もしたが、普通なら問題にならないレベルだろう。
試乗車なのでバンク角など限界に近いところの性能は試せなかったしホイールベースが長い分フロントが幾分大回りする印象があったり、おそらくタイトコーナーではそれほどでもないだろう・・・といったことを考慮する必要はあるが、普通のワインディングなら腕さえあれば国産リッターネイキッドをそう苦労せずに追い回せるのではないだろうか?一応試しておくか程度のつもりで入った山道だったが、この性能の高さはまったく意外な発見だった。

帰路で渋滞に巻き込まれたが、渋滞にはまるとこのバイクはヴワーンという結構騒々しい音を立てて冷却ファンが早々に回り始める。位置的には膝にもろに温風が当たる感じで、不快ではなかったがこれまでのハーレーとは違うなということを改めて実感させられた。
さてショップにバイクを返却し、エンジンを切っても回り続ける電動ファンの音を聞きながら私はいろいろと考え込んでしまった。
間違い無く良くできたバイクで、外見通りの純然たるドラッガーだ。荷物の積載性はかなり悪そうだしシートはすぐに腰が痛くなるだろうから(試乗では問題にならなかったが)ツーリングで使うにはたぶん辛いバイクだろう。。流して走っていても古き良きメカニカルな味わいが楽しめるのではなく、近未来的なまでの最先端技術に包まれて走る満足感を得られるタイプだ。そういう意味で、昔からのハーレーとは良くも悪くも全然違うし独特の味わいは大幅に薄らいだ・・・というより、味噌汁が突然吸い物に変わったくらいの大変革を果たしている。アメリカンが好きで従来のハーレーの味わいが好きでたまらない人にはお薦めしかねるが、そういうことに拘らない向きには一度試乗をお薦めしたい。ただし問題なのは価格。いくらハーレーの先進技術万艦飾バイクとは言っても、232万8000円というのはいかにも高過ぎる。それさえなければアバンギャルドな不良中年の乗るバイクとして格好の選択肢なんだろうが・・・。


ハーレーダビッドソン・スポーツスター883(2004年モデル)
エンジンがかかっているのを横から見ていると、フレームの振幅よりもエンジンの振幅のほうが明白に大きいのがわかる。
特にクレードル部分あたりでそれは顕著なのだが、10年以上前に見たFLHがエンジンとフレームとマフラーがアイドリングでばらばらに振動していて驚いたのを思い出してしまった。勿論あれほどユサユサ揺れるのではなくもっと細かい振幅で小刻みなものなのだが、新型とはいってもやはりハーレーだなあと思う一瞬である。

バイクを立てると、おっと思うほどの重量感があるのにまず驚いた。正面から見ると国産の400ccクラスのアメリカンも真っ青なほどにスリムな外見だが実は乾燥重量260キロもあり、R1200Cよりも20キロ以上重いというかなりの重量車である。
またがってしまえばさほど気にならないが、もうちょっと軽く作ることはできなかったものだろうか?もっとも、二人乗りすると乗り心地が良くなるのと同じ理屈でばね上の重量が増えればどっしりした乗り味にはプラス要因となるから悪いことばかりではないが、やはり程度問題。このバイクの性格を考えたらやはりデブになったと言わざるを得まい。
また綺麗にメッキされたサイドスタンドは外見はいいのだが、レイアウトの関係上またがってしまうと上からほとんど見ることができず、スタンドを上げることはともかく下ろす事はかなりやりにくい。純正オプションで出しやすくするためのエクステンションアームがあるのだが、出しにくいと分かっているのなら最初から装着してもらいたいところだ。
また細部を見ていると、各部に施されたメッキ部分の質感は極めて高くその使い方も相変わらず世界一ではないかと思えるほど上手だが(おそらく事実だろう)、その割に先代からあまり変わっていない黒いメーターハウジングの質感は個人的にはどうもいただけない。鉄に黒の結晶塗装と手の込んだことをしてはいるのだが、私は当初この質感のなさはてっきりプラスチックだと思っていた(^_^;) ハーレーは極めて外観コンシャスなバイクだし走行中に一番目に入るところなのだから、あと一ひねり・・・と思うわけだ。価格帯からするとCB1300やXJR1300と同等の高級バイクになるわけだし。ちなみにサイドカバー(正確にはオイルタンクカバーとバッテリーカバー)も今時珍しい鉄製で、クロームメッキされたものもオプションにある。こういうバイクは下手にコストダウンや軽量化に走るよりもオーナーの所有感を満足させることに力を注ぐべきで、新型になっても下手にプラスチックにしなかったのにはデザイナーとメーカーの見識を感じた。

さてまたがると、実はポジションはあまりしっくりこなかった。シート高が下げられた恩恵のためかちょい乗りした記憶にある先代スポーツスターよりも足付きはいいのだが、おそらくはほとんど位置が変更されていないだろうステップが相対的に高くて手前の位置にあり、身長176cmの(自分の身長をここで書くのは何回目だろう・・・^_^;)私の場合、膝の曲がりはきつくはないがR1200Cよりは余裕がない。個人的にはあと3センチほど前に出して下に下げるとちょうどいいかなと思ったが、バンク角(かなり少ないと思われる)の確保やマフラーのレイアウトの問題があるので小規模な変更は多分困難だろう。
となると、私だったらカスタムに装備されているフォワードコントロールの方が多分しっくりくるだろうと思った。スタンダードの位置も充分に我慢できるものではあるのだが。
クラッチを慎重につないで走りだすと、意外にトルクがある。試乗が12月の寒い時期で暖気も充分とはいえなかったので正直あまり期待してはいなかったのだが、ドンッ!と来るような強烈なトルク感こそないもののアイドリングに毛が生えた程度の回転域からのこの厚いトルク感はさすがはハーレーだ。実際のところタコメーターの必要性は感じず、発進にしてもV−RODよりよっぽどズボラを決め込める(速度が出るとあっというまに逆転するが)。先代モデルと比べても車重増加に伴う差異は特に感じなかった。
ところがそこからは大いに違っており、まず驚くほど振動が少ない。色々な雑誌に書かれていたエンジンのラバーマウント化はやはり伊達ではなく、角のとれた振動は見事に押さえられていて60キロ程度までなら体感上の振動はむしろBMWのRシリーズよりも少ないほどだ。80キロくらいまで出したところ多少振動が増えこそしたが不快な振動は皆無で、スポスタで長距離を走ろうという向きには大いなる福音だろう。
またエンジン自体もハーフスロットルで適当に走っている限り(慣らし走行中だったので無茶な操作は控えた)極めて従順かつスムーズで加速感は軽快という言葉がぴったりくる。低いギアで少し引っ張ってみたところ回転の上昇下降は速すぎず遅すぎずで、スポーツ走行にもゆったり流すにも丁度いいバランスに設定してあると感じた。
ちなみに排気音は外で聞いているといかにもハーレーといった感じの空冷の歯切れの良い音がするのだが、システムWヘルメットを被って乗っているとどうも濁った感じのこもり音が増えてよろしくない。原因は不明だが、やはりこのバイクには外の音が聞こえやすいヘルメットの方が似合うようだ。
さて機構的な部分なのだが、クラッチは一回り軽くなったようでこれは進歩として単純に歓迎。ミッションのタッチはまだ走行1000キロ程度の車輌なので断定はできないがハーレーによくあるやや渋めのタッチでガッチャンとギアが入る感じながらも先代よりはタッチも良くなっており、不都合を感じたりすることはない。ただし、なぜかニュートラルは出しにくかった。
ミラーの視認性に問題はなく、ラバーマウントが効を奏しているのか鏡面のブレもそれほどでなく見やすい。
一方ブレーキレバーとハンドルスイッチの関係は相変わらずいいとは思いかねるもので、グリップとレバーの距離が近すぎて何度かレバーを握ろうとして人差し指をレバーの内側にぶつけてしまったしそれを避けようとしてグリップの外側を握ると今度はウインカースイッチがかなり遠くなって操作しづらい。これだけは何とかしてもらいたいと切に思うところだ。
またハードコーナリングなどは試していないが、ハンドリングは基本的に素直。シートにきっちり座っていれば何もしなくても充分な後輪荷重がかかって安定して旋回できるタイプで、これを購入される方のほとんどは操縦性に不満を持つことはないだろう。
サスは後輪は車輌の性格相応にややストロークが短い気がしたがリバウンドストロークが思ったより取られており、乗り心地は先代より随分良くなっている。一方フロントは明らかに硬めな印象。フォークの剛性感などに気になる点はなかったがやや路面の衝撃を正直に伝えすぎる感があり、ハンドリングに影響する部分ではあるが仮に自分で購入したらここは手を入れるだろうと思われた。
新しくなったブレーキは前後の制動力が同じくらいに設定されており、つまり従来より遥かにフロント寄りのセッティングとなっている。フロントは何の変哲もないシングルディスクながら(2ボッドキャリパーの)国産のアメリカンと同程度には効いてくれるし、リヤの制動力は先代よりも多少弱くなっていると感じたが絶対的には相変わらずリヤタイヤの寿命を心配したくなるぐらいに効くから総じてブレーキの安心感はかなり増した。ただ、ダブルディスクが装備される1200だとどうなるかは未確認である。883がシングルディスクなのはおそらくは価格を下げるためだろうが、安全に直結する部分だけにこういうところはグレードや車格に関係なくしっかりコストをかけてもらいたいものだ。
ちなみにシートの出来は先代よりも良く感じ、短い試乗の範囲では特に問題は感じなかった・・・が、もちろんBMWなどのシートと快適性で同水準にあるわけではない。ホールド性はまずまずだが座面の幅がやや狭いので、長距離を走ればまた言うことは変わると思われることをお断りしておく。

さて、まとめ。間違いなくハーレーであり、スポ−ツスターではある。
さすがにフルモデルチェンジしただけのことはあり、機械として考えたら先代がはるかにかすんでしまうほどの進歩を遂げていて、エンジン・フレーム、足回りともにそれは明らかだ。
また機械としての尖った部分がなくなって明らかに乗りやすくなっており、重くなったことを除けば間口も広くとっつきやすいバイクになっている。機構的な洗練に伴って乗り味の高級感も明白に増している上に恐らくはある程度のスポーツ走行もこなせるだろうし、ちょい乗りからツーリングまで適用範囲も広がりいろいろな意味で随分と万人向けのバイクにはなった。
ただ、ハーレーならではの強烈な魅力や味わいが良くも悪くも薄らいだと感じたのもまた正直なところ。
日本のハーレーユーザーにバイクとしての機械的整合性と洗練性を最優先した結果ハーレーを理性的に選択したという人がどれだけいるか私には不明だが、信頼性がとか維持費が安いとか高速巡航性能がどうこうよりも、その乗り味と外見などのイメージに魅力を感じて選ぶ人の方が多いであろうことはまず疑いないと思われるので、そういう方々にはずいぶんと洗練されたこのスポスタの乗り味は拍子抜けしたと感じられるかもしれない。
その辺のことはおそらくハーレーも充分承知した上でやっているだろうし、開発陣が既存ユーザーを失望させないような乗り味を残すための匙加減に苦労しただろうことも乗っていて伺えたのだが、「前の方がよかった!新型はつまらん」という意見はある程度の比率で間違いなく出てくるだろう。某誌には”真っ直ぐ走っているだけで、これほど何かを訴えてくるバイクも少ない”と評されていたが、個人的にはモトグッツィのブレヴァも直線でこれに匹敵するくらいの訴えかけはあり、他に比肩するもののない強烈なバイクとは正直思えなかった。
とはいっても、私なら新旧どちらかと聞かれたら間違いなく新型を推す。多少失ったものはあっても、新型になって得たプラスの方がずっと大きいと思えるのがその理由。総じてなかなかよく出来たまとまりの良いハーレーであり、コアなマニア以外には充分薦められる面白いバイクだと思う。


ビューエルXB9Rファイアボルト
冗談のように短い車体はよく見ると極めて隙がなく、車体を構成するパーツを極力車体の中心に集めようとした結果であることがわかる。
小さなカウルを支えるステーはチタンのような色に塗られたアルミの鋳物で、これが板のように伸びてメーターステーとミラーのステーも兼ねている。
質感も高く、合理的でいいアイデアだ。メーターの視認性は悪くないし、作りはまずまずといったところ。

エンジンをかけると、ハーレーのエンジンだから当たり前だがもろにハーレー!という音がする。ただしあそこまで重低音が強調された感じではなく、
もう少し抜けの良さそうな音だ。またがってみたところハンドルは低いが近い位置にあり、前傾もかなり強いがドゥカティのSSほどではない。
ただしステップは後退しているうえにかなり高い位置にあり、これはかなり過激なレプリカのそれ。
膝の曲がりもきつく、ツーリングには使いたくないポジションだ。シートは着座位置に前後の自由度があまりなく、
座る位置を変えて姿勢を楽にすることはあまりできない。ハーレーと違いスイッチは国産車と同様の配置だから、慣れの必要もなく扱いやすい。
スロットルも軽く、ケーブル式のクラッチはリッターバイクということを考慮すれば相当軽い部類に属する。
渋滞など遠慮したいバイクだが、もし巻き込まれても左手の負担はかなり少なくて済むだろう。
ただしクラッチレバーのピボット部には過大な遊びというよりガタがあり、レバーが上下にも結構動くのが気になった。
実用上まったく問題はないが安物といった印象を受けてしまう。
価格で勝負するバイクではないだけに、もうちょっと品質の良いパーツを使っていただきたい。
ガソリンタンクを内蔵するフレームは容量確保のためかステアリングヘッド直前までかなりの横幅があり、そのためハンドルの切れ角は大きくない。
ただし軽量な車体(175キロ)と極端に短いホイールベースのためか、実際の取り回しはハンドルの切れ角から連想されるほど悪くはない。
なおシートに体重をかけた時の車体の沈み込みはこの種のバイクとしては深く、比較的柔らかいスプリングでリバウンドを取る設定のようだ。

スタートして信号待ちの車の間をすり抜け、交差点の先頭に出る。他のビューエルでも感じたことだが車体の安定感は見た目より高く、
そこそこ低速トルクのあるエンジンにも助けられてこういう走行も充分にこなすことができる。
シフトのタッチは重いがまあまあ。ただし国産には負けると思う。ベルトドライブという構造上の理由もあるだろうが、
ローに入れてもギアがガシャンと鳴ったりしないのは評価できる点だ。
しかし、ビューエル特有の車体の下にあるマフラーは停車時に下ろした左足に排ガスが当たる(直撃ではないが)し
アイドリング回転では結構な振動の出るエンジンはマウントのためか乗り手の脊髄〜脳天へと上下に振動を伝えてくる。
バイクの振動は嫌いではないがここまで来ると行き過ぎの感があり、私だとまたがっているだけでも疲れてしまいそうだ。
なお、ミラーの視認性は劣悪な部類に入る。MVアグスタと同じく基本的に自分の腕を映すミラーなのだが、
調整しても腕しか映らないアグスタと違いこちらは腕の周囲の光景は何とか見える。
しかしまともな後方視界を得るには腕をその都度不自然な角度に曲げるかハンドルから片手を離す必要があり、
どちらにしても褒められたものではない。

発進加速だが、前モデルたるライトニングX1より排気量は縮小されたものの低速のトルクはそれ以上にあり、粘りも向上している。
1500回転も回っていればトルクは充分で、結構な振動を伴いながらもぐずついたりはせずにドロドロと回る。
この域では振動も過大ではなく、ポジションさえ我慢できれば充分にリラックスした走りが可能だ。
レスポンスは鋭くはないがBMWのように鈍くもなく、スポーツバイクとしていい設定にあると思う。
さて、前が空いたところでスロットルを大きめに開けてみると振動が随分小さくなり、なかなか元気のいいダッシュを見せる。
ただし3000回転前後あたりに明白なトルクの谷があり、ここからの加速が緩慢なので
飛ばす時にはここまでエンジン回転を落とさないようなライディングが求められるだろう。
道が曲がり始めたので軽く体重移動をしてやると、あれっと思うほど呆気なく一つ目の緩いカーブを通過してしまった。
何が起こったのかよく分からなかったので、次のカーブで意図的に操作を与えてみる。
大径のリムオンディスクのブレーキはシングルディスクながら6ポッドキャリパーを備え、制動力はおよそ申し分ない。
もちろんEVOブレーキほどでないが軽い車体とあいまってMVアグスタに近いほどの制動力を発揮できる。
サスの減衰がかなり強めなこともあり、ショートホイールベースと比較的柔らかいスプリングにもかかわらず
その状態でのノーズダイブは少ない。そしてブレーキをきっちり終わらせてイン側に軽く荷重を移動させてやると瞬時に車体が反応し、
ほとんどバンクしないまま向きがピッ!と変わる。
もう一度同じことを試しても結果は同じだったのだが、要するにこのバイクは車体の旋回効率が異様に高いのだ。
立ったキャスター角による強いコーナリングフォースの発生、それを助ける短いホイールベースといった相乗効果だろうが、
私はこれほど浅いバンク角で強く曲がれるバイクに乗ったことがない。とにかくステアリングレスポンスが鋭く一瞬で向きが変わる上に
旋回力を得るのに必要なバンク角が浅いため、極めて安全かつ速いライディングが可能だ。
更にトラクションも良く、後輪に荷重を充分かけてスロットルを開けるとリアを主体にかなり強烈に曲がることができる。
基本的に安定したフールプルーフなハンドリングだが、ひとたび荷重移動やスロットルワークといった操作を与えれば極めて正直に反応するバイクだ。
またこれほど旋回性がいいにもかかわらず車体の安定感もなかなかの水準にあり、不安感が小さいのも好印象だ。
前述した通りポジションは結構きついのだが、気が付くとそれより伏せて走っていた。ただし、シートは良くない。
座面がそれほど前傾してはいないのにかなり助けられてはいるが、クッションが薄い上に滑りやすく、飛ばすライディングにはちょっと役不足だろう。
ちなみに低いスクリーンはおそらくヘルメットに干渉しないよう丸く抉られているが、実際にその位置まで伏せると
姿勢的にフロントに荷重がかかりすぎるので最高速以外ではちょっと非現実的だと思われた。
なお、その後の市街地走行でもなかなか従順で、快適ではないが基本的に扱いやすいところを見せてくれた。
普通のバイクでガソリンタンクに相当する部分は単なるエアクリーナーのカバーなので、
叩くとポコポコ頼りない音がするのはまあご愛嬌といったところか。

さて、まとめ。かなり個性的かつアクの強いスーパースポーツというより、コーナリングマシーンだ。
取っ付きやすさではR1150Rやラプトールなどに負け、絶対的な速さならスピードトリプルにおそらく負ける。
しかしそのコーナリング感覚は既存理論の延長上にあるモンスターなどとはまるで異なり、
テレレバーBMWのように従来とは根本的に違う独特のものだ。
低速では強烈な鼓動感を与えつつスピードが乗ると随分スムーズかつ鋭くなるエンジンのフィーリングも異彩を放っているが、これはこれで面白い。
気に入らない人はいくら乗っても駄目だろうが、この感覚が気に入ればこれほど痛快なバイクも少ないだろう。
私も試乗バイクで目を三角にして走ってしまったのは久しぶりだった(;^_^A。
ほぼ同性能ではるかに楽なポジションを得たXB9Sも出たことだし、このバイクはかなりいけます。
スポーツバイクが好きでこの個性が気に入りなおかつ相当に低いだろう実用性にさえ我慢できる、
という高いハードルをクリアできる人には文句なしにお薦めできますね。

番外編 スマートロードスター
鬼面人を驚かすような外観は好みが分かれるだろうが、少なくとも新しさを感じるデザインではある。
ドアを開けると予想通りぶっといサイドシルが邪魔をしているが、乗り降りのし易さはこの手の車としてはまずまずだろう。
サイドシルに邪魔をされる乗降性はボディ剛性とのトレードオフだから贅沢を言ってはいけないのだ。
座ってみると、意外と地上高はあるのにフロアとシートの高低差が驚くほど小さく、実際の着座位置が相当低いのに驚くことになる。
(スーパーセブンはもちろんもっと低いが、あれは別格)
この手の二座ロードスターにしては閉所感をあまり感じないのはこの低い着座位置のため
低い全高ながらヘッドルームにそこそこ余裕があることと、室内幅が意外と広い上にスクリーンが比較的立っており、
結果としてスクリーン上端が最近のこの手の車からすると驚くほど顔面から遠く、目線より上にあることによるものだろう。
そこそこ座高のある私の場合MGやマツダ・ロードスター辺りだと背中を猫背にしないと
スクリーンの上端が視界の邪魔をして鬱陶しいのだが、この車に限ってはそんなことはない。
閉所恐怖症で小型スポーツカーに乗れなかった人には、これだけでも自信をもって薦められるだろう。

ちなみにクローズド状態の視界はまあまあだ。前述した通り前方はよく見えるのだが着座位置が低いのが災いして
ボンネットは昔のコルベットのように盛り上がったフェンダーの峰しか見えず、演出的には成功しているが
慣れるまでは車体の寸法間隔がややつかみづらい(ボンネット自体は短く、慣れればどうということはない)。
側方と後方の視界は、可もなく不可もなくといった水準だろう。

室内はスマートクーペのデザインモチーフを使いながら目一杯スポーツカー風に仕立てたといった印象で、
クーペのオーナーだったら思わず微笑んでしまうと思えるようなもの。内装の質感はまあそれなりだが、価格差もある分
プラスティッキーな質感の低さをデザインでカバーして勝負していたような印象のスマートクーペとはさすがに格段の開きがある。
ただし、シフトレバー(と言うより、セレクター)のすぐ側に設けられた蛍光プラスチックのキーシリンダーカバーや
黒い梨地プラスチックのシフトパドル、ウインカーとワイパースイッチの操作感がやや安っぽかったのには質感的に×をつけたい。
デザインやコストとのバランスはわかるが、あともう一頑張りしてもらいたかったと思う。

ポジションは前述した通り、典型的な足を前に投げ出すタイプ。これでハンドルがストレートアームだったら
まるっきり昔のイタリアンだがやはりそうではなく、あまりオフセットしていないペダルはやや遠いが
ハンドルとシフトの位置はまあ適正と思えた。
なおシートは薄いが形状がよく、座り心地、ホールド感共によく頑張ったと思えるものだった。
ついでにこの種の車としては珍しく前後方向にシートの調整幅がかなりあるのは評価できる。
この車に大男がオープン状態で乗ったらたぶん人生ゲームの駒みたいに見えるだろうが、
それでも前後の寸法に関する限りたぶん大きな不満は出ないだろう。

荷室の広さは、リヤはプジョー205ターボ16よりはましといったところ(どういう例えだ)。
小型リヤエンジン車ながらリヤにも一応の荷室を設けた努力は買うが、
基本設計の不利は如何ともしがたく薄手のアタッシュケースを一つ置くのが精々だろう。
ただし、それが室内からアクセスできるのは便利でよい。
フロントにも荷室はあるそうなのだが、見せてもらってないので評価不能だ(ごめん!)。

さて走り出すと、実はスタートが遅い。正確には低速トルクが細く、セミATのクラッチのつながりが極めてスムーズなこともあって
出だしに関しては定量積みの軽トラと同程度だろう。ただし2000回転を超えたあたりからはっきりとターボが効く印象で、
加速と吹け上がりが急に良くなる。これは良く言えばメリハリのある性格で、悪く言えばドッカンターボ。
もっとも、この車はブースト圧に多少手を加えてあったので正しくは評価できないが、
基本的にターボが効くまでの回転域でも吹け上がりは悪くないので実際には発進直後を除けばもたつくことはほとんどない。
で、4000回転辺りからエンジン音も変化してスポーツカーらしさのある音になるのだが、
ATモードのまま景気良くスロットルを踏み込んでいると5000回転ほどでシフトアップした。
しかし変速のスピードはお世辞にも素早いとは言いかねる。
ターボの圧を逃がしている音とも違う感じのどちらかというと情けないような音を伴って(何の音かは不明)
1.5秒くらいかけてシフトするのはスポーツカーのミッションとしてはちょっと興醒めである。
スマートクーペの基本コンポーネントを利用しなければならない事情もあるからわからないではないが、
単純に出来のいいマニュアルを載せておけばよかったのではないか?
ダイムラークライスラーグループに該当するようなミッションが無いことを承知で書くのだけどね。

さてシフトアップはしたものの、エンジンの回転数はそれほど変わらない。
一通りこの車に慣れたところでMTモードで試してみたが、
この車の6速ミッションは私が体験したことが無い超クロースレシオなのだった。
エンジンはターボが効いてからは充分なパワーとトルクが出て軽快に吹けるので、それなりに高い速度を保とうとすると
自然とクロースレシオを利して4500〜5500回転辺りを保ってギアの選択で速度を調節するという
典型的な小排気量スポーツカーの走りになるのだが、言わせてもらえばこのエンジンの6000回転というリミットは少々低過ぎる。
無理とは思うがせめて7000回転までブチ回せればもっと楽しいのにという欲求不満はあった。
また、MTモードでも変速がやたらとスローなのは相変わらずで(操作してから実際に変速するまでのタイムラグが長い)、
スムーズかつ速く走らせるにはそれをきっちり理解しておく必要がある。
この手のミッションの例に漏れずシフトダウンは上手な割にシフトアップはそれほどでもないので
(ただし、それでも結果としてそこそこスムーズには走らせられる)スロットル操作でエンジンの回転合わせを試してみたが
(体感上ブリッパーのような電子デバイスは付いていないようだった)、どうもクラッチが作動しているタイミングがうまくつかめず、
私の腕では最後まで美しいシフトを決められないままだった。
もっとも、ターボが効いている限りトルクは充分にあるのでスポーツ走行をする限りパワーバンドはけっこう広い。
その辺は現代の車らしくフールプルーフであり、多少のドライバーのミスも充分に許容する。
なお好みはあるだろうが、私はシフトはパドルよりもセレクターを主体に行っていた。
後述するパドルの位置のこともあるが、プラスチックのパドルの操作感がいかにも安っぽくて
変速という操作をする上で高度な機械を操っているという満足感が少々乏しく感じたのである。
要するに、多少動作が大きくなってもセレクターのカッチリした節度感の方が自分には良かったというだけなのだが(^_^;)

ハンドリングは基本的に良いのだが欠点もある。
まず良いと思えるのは素晴らしい鼻先の軽さで、パワーをかけようが荷重がかかろうがハンドル操作に反応して
ノーズは軽快にインを向く。また、リヤは踏ん張りもよく、185タイヤにも助けられてか不安定な挙動は一切見せないまま
(慣れない車でセミウェットのワインディングだったので一切無理はしなかった・という範囲で。後で知ったがESPも付いていた)
しっかりと後輪からのトラクション感覚が伝わってくる。
今時RRの量産スポーツカーというとポルシェ911とこれくらいしか思い当たらないが、
レイアウト上の長所を最大限に生かしている印象だ。

で、難点の方だが何と言ってもステアリングがスローである。
調べたところロックトゥロックが3.5回転もあり、
タイトコーナーではスポーツカーとは思えないほどステアリングを切らなくてはならない。
ノーズは軽快なのに実際のステアリングはスローというのも珍しいが、このためハンドルと一緒に回転する
パドルスイッチは時として使いづらい角度にまで回転してしまうことがあった(私は基本的に送りハンドルを使う)。
また、路面からの情報は充分だが素晴らしくダイレクトといった感触でもなく、良くも悪くもややマイルド。
ただし、そのお陰で100キロ程度まで出した限りではハンドルにあまり神経を遣う必要がなく、
鼻先の軽さにも助けられてカミソリのような切れ味とは無縁の代わりに実際には充分にクイックながらも
過敏に過ぎない穏やかなハンドリング特性を実現している。
スポーツカーの良さはある程度快適性を犠牲にして得られる部分もあるので全面肯定はできないが、
この設定は長距離走行では確実に疲労を軽減するのに役立つだろうし
小型スポーツカーとしてこれほどハンドリングの間口が広い車はちょっと思いつかない。
またブレーキペダルはかつて「ブレーキは右足で踏むものである」と明言して
意図的に右にオフセットさせていたメーカーの製品とは思えないほど中央に寄っており、
完全な2ペダルカーなので左足ブレーキに徹して走れば気分はほとんど大きなゴーカート。
ハンドルが多少スローでソリッド感が希薄だろうがそれがどうしたという感じで、
連続するコーナーをハンドルとペダルのコントロールだけで駆け下りる時の楽しさといったらなかった。
つまり、多少気になる部分もあるが総じてスポーツカーの資格は充分。
こういう走りを誰でもできるように躾けたところに、このハンドリング設定の狙いがあるのだろう。

なお乗り心地だが、830キロという軽量な車体にショートホイールベース、185のタイヤという組み合わせから想像するよりずっと良い。
どちらかというとサスの作動性よりブッシュのチューニングで乗り心地を得ているような感じだが
(これがハンドリングの特性にも影響を与えていたはずだ)、
サイズの割に前後方向のピッチングが少ないことは特筆しておくべきだろう。
ただし、余談ながらあの形式のリヤサスをド・ディオン式と称するのには親元のメルセデスが何と言おうと大いに異論がある。
あれはΩアクスルに近いような大型の変形トーションビームにリンクを組み合わせた半独立。
昔のアストン・マーティンや身近には(と言っても20年前)ボルボが360で使っていた本来言われるド・ディオン式は
固定したデフの両側にジョイントを設け、シャフトをリーフスプリングで支えてその左右をロッドで結んだ半独立懸架だ。
スウィングアクスルと言うならまだ許せるが(笑)

なお、ボディの剛性感は新車の現行ロードスターよりは緩いかなといったところ。ガチガチの剛性感はないが、
少しばかり飛ばした程度では不足感は感じなかった。ついでにブレーキは効きは充分だが(リヤはドラム)
あまり剛性感がなくスポーツカーらしい演出に欠けていたことには苦言を呈しておきたい。

さて、まとめ。侮れない個性的な入門スポーツカーというのが正直な印象。
あまりストイックに走りを追求した素人さんお断りモデルではなく、
デートカーにも使える(だろう)くらいの快適性やとっつきやすさがある。
ではただの軟派グルマかというと決してそんなことはなく、シフトだけは気に入らないがハンドリングは楽しいの一言だし
誰が乗っても楽しめるスポーツカーハンドリングをここまで扱いやすく仕上げた手腕は高く評価されるべきだろう。
いつも目を三角に吊り上げていたい求道者にはお勧めしないが、
気軽に乗れる楽しいスポーツカーが欲しいと言う向きには検討の価値がある一台だと思う。
欠点はいろいろあるが、それでも楽しいものは楽しく、良いものは良いのである。


Rシリーズへ
K・Fシリーズへ
イタリアのバイクへ
戻る