はじめに書いておきます。侍魂さんごめんなさいm(_ _)m

昨年の北海道に続き、再び車での家族旅行。

今回の目的地は東北とすんなり決まったのだが、

しかし

計画を立てている時間がなかった

計画立案担当の私がKの入手に伴う雑事で

鬼のように忙しかったからだが

頼んでも誰も私の代わりに

計画を立てようとしてくれない

夏休みを前に日々が無駄に過ぎ去り

たまらず計画を丸投げした時には既に遅く

目ぼしい宿は全て満室だった

或いはこの時点で予想しておくべきだったのかもしれない

この先に待ちうけていたものを

私の住む岐阜から会津若松までは650キロある

お盆の只中に高速道路での移動だ

渋滞するに決まっている

回避する苦肉の策は

ドライバーを交替しながら徹夜の移動だった

21時に出発して会津若松到着は翌朝8時

11時間

車の中に11時間だ



80過ぎの祖母も同行している

まともな人はやっちゃいけない

しかし私はやるのである

しかも朝食は一家でコンビニ弁当だ

ますますもってやっちゃいけない

それでも私はやるのである

最初は鶴ヶ城を訪れた



白虎隊で名を馳せた会津藩の城だ

しかし何故あのような少年兵ばかりが有名になり

青年、中年、壮年で構成された

青龍、朱雀、玄武隊は無名のままなのだ

やはりナイスミドルをどれほど集めても

少年ほど幅広い支持は得られな
いのか

それはともかく

城の中は展示室になっていた

撮影は禁止だった

しかし

かつて私の学んだ大学で美術の師が言っていた

撮影禁止とは

怒られるまでは写真を撮ってもよいのだと

しかしながら公的には

規則を守って写真を撮らなかった事にしておこう

次に訪れたのは御薬園だ

かつて会津藩の庭園だったのだが

何故か漢方薬用の薬草も多数植えられている



ちなみにこれが弟切草

脳内で選んだ選択肢は C:スプラッタでいこう だったが

何のことか分らない人の方が多いと思うのでここまでにする



庭園としての景観もなかなかのものだ

しかし最大のインパクトを放っていたのは







鯉だよ

はっきり言って気色悪い

あまりに気色悪かったので動画まで撮ってしまった

これまでは重すぎて掲載できなかったが

今のサーバーは容量無制限だ

しかし大人の事情という奴で掲載は控える


悪しからずご了承いただきたい

次は会津武家屋敷だ

全国に武家屋敷はいろいろあるが

ここはかなりレベル高い方だと思う

こんなものも展示されていた



殿様専用のトイレだ

あまり落ちつけそうにないが

こちらは西郷四郎の山嵐の像



ここまで来ると柔道の技に見えないものがある

投げずにこのまま垂直に落としたら超強力だろうとか

余計なことまで考えてしまう

余談だが

ここに併設されていた食堂の喜多方ラーメンはかなりいけた

正直まったく期待していなかったので

予想外のヒットだ

もっとも

薬膳ラーメンは好みの分かれる味だったが

なかなかいいところだったぞ会津若松

宿泊は赤湯温泉だった



食事は申し分ない

ていうか

米沢牛最高!

翌日



上杉神社に行った

上杉鷹山が前面に出ているのはまあ当然として

米沢にやってきた上杉景勝より

一度も米沢に来たことのない上杉謙信の方が

圧倒的に前面に出ているのはどうかとも思うが

面白かったけど



ちなみにこの博物館も傾向は同じだったが

それはそれで結構楽しめた

神社前のレストランがどうも好みではなかったのが残念だが

さて、そこから高速道路で一路鳥海山へ

本来なら一般道を使う計画だったのだが

時間が足りない

はっきり言って計画を無理し過ぎた

ていうか

思ったより走れないゾ東北

思うに普通公道を走る奴には3タイプいる

意味もなく速く走る奴と

普通に走る奴と

意味もなく遅く走る奴だ

東北に二番目と三番目のタイプは大勢居たが

最初のタイプはついぞ見かけなかった

自分を除いては(;^_^A

比較的カーブが多くて

追い越しの区間が限られているのも原因だと思う

まあ最大の原因は東北走行の経験不足だが

しかし





ていうか
豪雨

私が雨とお友達なことは周知の事実だが

たまにそれが重荷に感じることもある

所属クラブでは私のことを「雨男」などと呼ぶが

より格調高く

「嵐を呼ぶ男」と言っていただきたい

なお本当に余計な事ながら

デジカメモニターの視界を頼りの運転は熟練を要する

実行される方はくれぐれも自己責任でお願いする

ようやくやってきた鳥海ブルーラインだったが



泣けてくる

ほとんど意地で上まで登ったが



写真を撮ること自体が愚行に思えた

それから横手の町で宿泊

武久夢二
が泊まったという部屋で

実際に絵も飾ってあった



しかし

旅館そのものについては多くを語らないことにしよう


後編に続く

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