2003年4月20日にあまりに早すぎる死をとげたGPレーサー・加藤大治郎。
去る5月18日に青山にあるホンダ本社でお別れ会が開かれたため、東京まで行ってきました。
11時開場となっていましたが、10時ちょっと過ぎには既に長蛇の列。
私はホンダ本社ビルの反対側に並びましたが、それから行列はどんどん延びていきました。
公共交通機関でお越しくださいと告知されてはいましたが、バイクでの来場は事実上OKでした。
まだこの頃は空いてましたが、後にはこのスペースは順番待ちの人で埋め尽くされました。
これが開場直前の様子です。如何にファンに愛されていたかわかろうというもの。
入り口で入場制限は行われていましたが、そのお陰で中の混雑はそれほどでもありませんでした。
階段を上って二階へ。奥のモニターには過去の写真などが適時映し出されてました。
記帳受付の手前には二つのパネルが。
記帳を済ませてから花を一輪受け取り、暗いホールの奥に進みます。
・・・・・。
メッセージ入りの花束も数多くありました。献花するのがこんなに辛く感じたのは久しぶりでしたよ。
加藤家が用意したお礼のメモ帳をもらい、階段を下りて特別展示へ。
2000年の鈴鹿8耐優勝車のVTR−1000SP−1。
写真も数多く展示されてました。
1997年の全日本選手権の優勝車のNSR250。
プライベートで使用していたフォルツァ。
同、ラジコン。
シーズンオフ時のトレーニングに使っていたCRM改スーパーモタード仕様。
愛用のサングラスと腕時計。
同、ノートパソコンとCD。
2002年の鈴鹿8耐優勝車のVTR−1000SP2。
その隣の写真の展示。写りが悪いのは御容赦ください。
2003年MotoGP参戦モデルのRC211Vとウェア一式。
2001年のWGP250チャンピオンマシンのNSR250とチャンピオンを記念したTシャツ。
見ての通りです。右はスポーツ功労者顕彰を受賞したときのもの。
この偉大な業績にしてその死はあまりに早過ぎた・・・。
ポケットバイクレース時代の写真と、当時の車両。
同じくミニバイクレース時代の写真やウェア、トロフィーなど。バイクはNS50Fでした。
帰り道、ホンダ本社ビルは数多くの人で埋め尽くされていた。
加藤家が配ったメモ帳(左上)とホンダレーシングが配ったお礼の品。
ありがとう。そしてさようなら、加藤大治郎。