慣らし運転

慣らし運転不用論というのが流布しています。
現在のバイクは工作精度が向上して最初からきっちり動くようにできているし、そう性能に差は出ません。それなら最初から性能を使いきる方が精神衛生上も良いし将来的に壊れそうな部分は保証が効くうちにガシガシ走って壊れたら保証で直してしまえばいいというのが主流派の考え方のようです。

でも、個人的にはライダーが新車の特性に慣れる期間ということを脇においてもその主張には賛成できません。
工作技術の向上によって確かに慣らしをしなくてもそう簡単に壊れることはなくなりました。これで将来的にも機構部分に変形も磨耗もなく新車当初の性能をいつまでも維持しつづけることができれば本当に慣らしは一切不用でオールOKという機械が完成するんですが、金属が自己再生機能を持たない現在では残念なことにそれは夢物語です。
細かい話をすると、いくら工作精度が向上したと言っても部品には公差が存在します。また、見た目にバリなどがなくても金属加工物の表面は顕微鏡的に見れば細かい凸凹の連続です。新品の部品で組まれたばかりのエンジンやミッション、サスペンションなどの部品ひとつひとつが完全に最適な噛み合わせや合いをもっていきなり作動することは現在の技術をもってしても不可能です。
スーパーバイクやWGPレーサーの新品の部品が一度組み上げてからきっちり作動させて各部をなじませた上で改めて部品に分解されてチームに届けられるのはこのためです。昔のポルシェ959のミッションは最初からギアの接触面をなじませるため表面に銅メッキをしてありました。BMWのミッションも新車の時にはうまくギア同士をなじませるためモリブデンの入った真っ黒なオイルが入っています(オイル交換時に改めて入れる必要はありません)。なじみとはかくも重要なのです。

一番分かり易いエンジンを例に取ると新品のエンジンではそれぞれの部品が高速で擦れ合って摩擦を起こします。
潤滑が完璧に働けば理論上金属同士の磨耗はほぼゼロにできますが、どんなエンジンでもオイル交換の度に微量の金属粉が混じることでもわかるように、完全になじみきったエンジンでもオイルによる潤滑が追いつかない場面が存在します。
ましてや部品の表面がまだざらざらしている新品のエンジンではオイルの潤滑が間に合わない場面が遥かに多く発生し、金属同士が擦れて削りあいます。最初のオイル交換でオイルにキラキラした金属粉が混じるのはこのためです。
オイルを介して削りあった部品は微妙に形も変わってその部分は磨かれたようになり、やがてそれぞれがほぼ最適な形状となって作動するようになります。
ちなみにエンジンを組む時にバルブを擦り合わせるのもこれと同じ考え方に基づいています。これが俗に言うアタリですが、削って磨いているのですから削り方つまり使い方によって磨かれ方も変わってきます。
特にエンジンは高負荷時には熱や圧力で微妙な変形をして部品同士の接触の仕方が低負荷時とは多少変わってきますから、普段から高回転を常用していれば高回転域の接触面が磨かれて上までスムーズに回るエンジンになりますし、普段から回さずに乗っている人だとそのようなアタリがつかずに俗に言う”回りたがらないエンジン”になります。乗り手がエンジンを調教しているようなものですね。
同じ7000回転でも1速7000回転を常用するより5速7000回転を常用した方がエンジンに負荷がかかりより実践的なアタリがつくことは言うまでもありません。
もちろん最高なのは様々な速度、回転数で満遍なく走ってやりどんな状況でも対応できるように部品同士をなじませ、アタリをつけてやることですが、まだなじんでいない部品に急激な負荷をかけることは好ましくありません。部品同士を細目の砥石で削って少しずつ最適な形にしていくべきところを、いきなり極粗の荒砥石でガリガリやってしまうようなものです。最初から全開でかっ飛ばすのはアタリのつけ過ぎ。慣らし運転中に回転数が制限されるのはこのためです。

付け加えるなら、Rシリーズだとアイドリングでのウォームアップはしないことを本来の使い方として想定した(Rのウォームアップは走りながらゆっくり行うのが設計上正しい)エンジン設計がされています。アイドリングでのウォームアップは本来の使い方ではないので、この場合走行風によって冷却されることを前提としたエンジン内部の温度が本来あるべきものとは変わってきます。
ということは、エンジン各部品の熱膨張率が本来のものとは異なりクリアランスも走行中とは微妙に変わってきます。ですから、厳密にいうとその状態でアタリがついたエンジンは走行中には最高のアタリで回ってはくれなくなってしまうんですね。

以上は、気にならない人にとっては多分どうでもいい話です。面倒な慣らしをわざわざやらなくても定期的なメンテナンスさえ指示通り行っておけばバイクも車も、慣らしをした車両とそれほど変わらない期間に渡って充分な性能を発揮してくれるでしょう。
ただ、両車の間には大差ではなくても確実な差が出てきます。これは私のRSで一度バルブ回りを固く組み直してアタリを一から付け直した経験から自信をもって間違いないと言えますが、私のようなタイプの場合は精神衛生上も慣らし運転をきっちりやった方がよろしいようです。

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