BMWBIKES読者のヒミツ集会@富士山・太郎坊

長いタイトルですなあ(笑)
今から二年前にもなりますが、BMWBIKES誌の第一回秘密集会に私も参加していました。
BMWBIKES5号の記事の中で僅か7行だけ告示されていた集会。これは一度行ってみるかと思い、
二日前にようやく届いた黄色いシートのシェイクダウンも兼ねて行って見ることにしました。

東名高速は学生の時から何度も走っていますが、早朝に走るのはこれがはじめて。
それにしてもこれが初使用となったスペシャルシートの性能は大したものでした。
この時にはまだウレタンがなじんでおらず初期の固さがあったのですが(解消するまでに2000〜3000キロかかった)、
それでもノーマルだと300キロほど走ると痛くなってきたシートが500キロを超えてもどうということがなく
スポーツ性はもちろん耐久性でも(その時はわかならかったけど)ノーマルより高いという高性能ぶり。
「う〜ん、これはいいなあ」とヘルメットの中ホクホク顔で東名を疾走する私でありました。
ついでに書いておくと、EPLのミッションオイルもこの時が初使用でした。
これもフィーリングがぐっと良くなりすっかり気に入った私は会場で「あれはいいですよ!」と力説していたのですが、
思うところあって使わなくなってしまったのはバイクいじりの項で書いてある通りです。

集合時間は11時だったのですが、私が会場となった富士山麓の太郎坊駐車場に到着したのは10時40分ほどでした。
既に二十台ほどのBMWが集まっていて、これがBMWの集会初体験だった(若かったなあ)私は
これだけの台数のBMWが集まるのを見るのはディーラーのツーリング以来はじめての体験です。
そうこうしていると10時50分頃、下の方を見ていた参加者が「おっ、来たぞ来たぞ」などと言いはじめました。
私も下の道路を見下ろしてみると、何というか表現に苦しむけど物凄い色をしたR1100Sが駆け上がってきます。

物凄い色をしたR1100S(笑)

はじめて見た永山編集長の当時の愛車、通称シズカ号は外見だけでも物凄いインパクトがありました。
そのインパクトがどのくらいだったかというと、
私がその後一時期自分のRSをマジョーラ(スタンドックスのエクスクルーシブラインではなく)で
全塗装しようかと真剣に検討して費用の計算をしたり、
浜松のタイラレーシングまでマジョーラの色見本を見に行ったくらいでした(笑)

さて参加車両は結局50台ほどになったのですが、実はこの状況に一番驚いておられたのが永山編集長ご自身。

参加車両の一部です。この時はまだ一列に並べて停めてました。

何しろ当初の参加者を「8人くらいだろう」と予想していたそうで、
そのためカメラマンの方も連れてこず現地で何をするかも具体的には考えておられなかったそうです(^^;)
これより少し前に行われていたK75の集会でもK75だけで20台集まっていたんですから、
いくら告知が小さくてもそれより参加者が少ないということはないと思うんですけど。
で、とにかく何かしようということになり参加者が駐車場に車座になって座り、
端から見ていたら怪しい集団だと思われそうな状況で各自が自己紹介。
岐阜からの参加だった私は「ひょっとして最遠距離参加者かな?」と予想していたのですが、
実際には東は栃木、西は大阪から参加された方もいらっしゃいました。
この時には現在恒例のじゃんけん大会もまだ無く、そのまま集合写真の撮影に移ります。
ですが上記の理由で、この集会がレポートされたBMWBIKES6号176頁の集合写真には
永山編集長は写っておられませんでした。
写真撮影を終えた時点で全体の集まりはここまでということになり、
あとは参加者が各自で話をしていってくださいということに。
なんとなく、私がよく参加している大津ダンボリーを思わせるような展開です。

真ん中のRSは私の車両。この日が本邦初公開(笑)だったシートはナゼ黄色に?と随分訊ねられました。

この時には広い駐車場の中でシズカ号に試乗できるという
参加者が増えて集会そのものが大型化した今では考えられないようなこともやっていたのですが、

写真左側の空いたところで乗れたようです。ちなみに私は体験せず(^^;)

どんよりと曇った天候のせいか、当時BMWオーナーが集まる機会が
ディーラー系イベントとジャンボリー以外にはほとんど無く互いの面識があまり無かったためか、
全体として今ほどの盛り上がりはありませんでした。
そのまま12時過ぎに集会は流れ解散。全部で僅か1時間ちょっとです。これまた今では考えられません(-_-メ)
で、それから参加者が少しずつ減っていき、16人にまで減ったところで食事に行こうかということになりました。
解散した後の自由参加ですから反対する者もいるはずがなく、
全員で永山編集長の先導のもと忠ちゃん牧場というところに向かいました。
それにしても、富士の裾野の一般人侵入禁止の裏道まで把握しておられたとは驚き(@_@)
で、ジンギスカンを食べながら今度こそバイク談義に花が咲きました。
やっぱりバイクを見ながらより食事をしながらの方が話が進むのでしょうか?
私は幸運にも永山編集長の正面の席だったため、随分と色々な話を聞かせていただきましたm(_ _)m
それからも話は弾みまくり、16時になったところで今度こそ解散。
牧場の駐車場でもいろいろ話は続いていましたが、私は岐阜へと帰路につきました。

忠ちゃん牧場の駐車場での談話のひととき。


雑誌掲載用の写真を撮影される永山編集長。それにしても上と同じところで撮影したこの写真、色調補正かけ過ぎたな(;^_^A

この頃はまだ秘密集会もフォーマットなど何もありませんでしたし
メイン集会だけだと本当に内容は何も無いに等しかったのですが、
それだけに今とは違った良さもあったと思います。
参加者が一緒に食事するなんて今では規模が大き過ぎて絶対無理ですしね。
大規模なイベントにもよく顔を出している私ですが、
こういうマイナーイベントも密度が濃くて面白いと思うのでありました。

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